戦国策 / 陳軫為秦使於齊
陳軫為秦使於齊,過魏,求見犀首。犀首謝陳軫。陳軫曰:「軫之所以來者,事也。公不見軫,軫且行,不得待異日矣。」犀首乃見之。陳軫曰:「公惡事乎?何為飲食而無事?無事必來。」犀首曰:「衍不肖,不能得事焉,何敢惡事?」陳軫曰:「請移天下之事於公。」犀首曰︰「柰何?」陳軫曰:「魏王使李從以車百乘使於楚,公可以居其中而疑之。公謂魏王曰:『臣與燕、趙故矣,數令人召臣也,曰無事必來。今臣無事,請謁而往。無久,旬、五之期。』王必無辭以止公。公得行,因自言於廷曰:『臣急使燕、趙,急約車為行具。』」犀首曰:「諾。」謁魏王,王許之,即明言使燕、趙。諸侯客聞之,皆使人告其王曰:「李從以車百乘使楚,犀首又以車三十乘使燕、趙。」齊王聞之,恐後天下得魏,以事屬犀首,犀首受齊事。魏王止其行使。燕、趙聞之,亦以事屬犀首。楚王聞之,曰:「李從約寡人,今燕、齊、趙皆以事因犀首,犀首必欲寡人,寡人欲之。」乃倍李從,而以事因犀首。魏王曰:「所以不使犀首者,以為不可。令四國屬以事,寡人亦以事因焉。」犀首遂主天下之事,復相魏。
新字:陳軫為秦使於斉,過魏,求見犀首。犀首謝陳軫。陳軫曰:「軫之所以来者,事也。公不見軫,軫且行,不得待異日矣。」犀首乃見之。陳軫曰:「公悪事乎?何為飲食而無事?無事必来。」犀首曰:「衍不肖,不能得事焉,何敢悪事?」陳軫曰:「請移天下之事於公。」犀首曰︰「柰何?」陳軫曰:「魏王使李従以車百乗使於楚,公可以居其中而疑之。公謂魏王曰:『臣与燕、趙故矣,数令人召臣也,曰無事必来。今臣無事,請謁而往。無久,旬、五之期。』王必無辞以止公。公得行,因自言於廷曰:『臣急使燕、趙,急約車為行具。』」犀首曰:「諾。」謁魏王,王許之,即明言使燕、趙。諸侯客聞之,皆使人告其王曰:「李従以車百乗使楚,犀首又以車三十乗使燕、趙。」斉王聞之,恐後天下得魏,以事属犀首,犀首受斉事。魏王止其行使。燕、趙聞之,亦以事属犀首。楚王聞之,曰:「李従約寡人,今燕、斉、趙皆以事因犀首,犀首必欲寡人,寡人欲之。」乃倍李従,而以事因犀首。魏王曰:「所以不使犀首者,以為不可。令四国属以事,寡人亦以事因焉。」犀首遂主天下之事,復相魏。
書き下し
陳軫、秦の為に斉に使いす、魏を過ぎ、犀首に見えんことを求む。犀首陳軫を謝す。陳軫曰わく、「軫の来たる所以は、事なり。公軫に見えずんば、軫且に行かんとす、異日を待つを得ざらん。」犀首乃ち之に見ゆ。陳軫曰わく、「公事を悪(にく)むか。何為(なんす)れぞ飲食して事無き。事無くば必ず来たらん。」犀首曰わく、「衍不肖にして、事を得る能わず、何ぞ敢えて事を悪まんや。」陳軫曰わく、「請う天下の事を公に移さん。」犀首曰わく、「奈何せん。」陳軫曰わく、「魏王李従をして車百乗を以て楚に使いせしむ、公以て其の中に居りて之を疑わしむべし。公魏王に謂いて曰わく、『臣燕・趙と故(ふる)し、数(しばしば)人をして臣を召さしめ、事無くば必ず来たれと曰う。今臣事無し、請う謁して往かん。久しきこと無く、旬・五の期ならん。』王必ず辞して以て公を止むる無からん。公行くを得なば、因りて自ら廷に言いて曰わく、『臣急ぎ燕・趙に使いす、急ぎ車を約して行具と為す』と。」犀首曰わく、「諾。」魏王に謁す、王之を許し、即ち明らかに燕・趙に使いすと言う。諸侯の客之を聞き、皆人をして其の王に告げしめて曰わく、「李従車百乗を以て楚に使いし、犀首又車三十乗を以て燕・趙に使いす」と。斉王之を聞き、天下に後れて魏を得んことを恐れ、事を以て犀首に属す、犀首斉の事を受く。魏王其の行使を止む。燕・趙之を聞き、亦事を以て犀首に属す。楚王之を聞き、曰わく、「李従寡人に約せしに、今燕・斉・趙皆事を以て犀首に因る、犀首必ず寡人を欲せん、寡人之を欲す。」乃ち李従に倍(そむ)きて、事を以て犀首に因る。魏王曰わく、「犀首を使わさざりし所以は、以て不可と為せばなり。四国をして事を以て属せしむれば、寡人も亦事を以て之に因らん。」犀首遂に天下の事を主(つかさど)り、復た魏に相たり。
現代語訳
陳軫は秦の使者として斉へ向かう途中、魏を通りかかり、犀首(公孫衍)に会おうとした。犀首はこれを断った。陳軫は言った。「私がここへ来たのは用件があるからです。あなたが私に会わなければ、私はこのまま出発してしまい、後日を待つことはできません。」犀首はそこで彼に会った。陳軫は言った。「あなたは仕事が嫌いなのですか。なぜ酒食にふけって何の仕事もしていないのですか。もし本当に仕事がないのなら、きっと今にお呼びがかかるでしょう。」犀首は言った。「私、衍は取るに足らぬ身で、仕事を得ることができずにいるのです。どうして仕事を嫌うことなどありましょうか。」陳軫は言った。「では、天下の重要な仕事をあなたのもとに引き寄せてさしあげましょう。」犀首は言った。「どうすればよいのですか。」陳軫は言った。「魏王は李従に車百台を持たせて楚へ使者に出しています。あなたはその一件に絡んで、王に疑念を抱かせることができます。あなたは魏王にこう申し上げなさい。『私は燕・趙と旧知の間柄で、しばしば人を遣わして私を呼び、「用がなくても必ず来てほしい」と言ってきております。今、私には特に仕事がありませんので、どうか参上させていただきたく存じます。長くはかかりません、十日か十五日ほどでしょう。』王はきっと断って引き止めることはないでしょう。あなたが出発できたら、そこで自ら朝廷でこう公言するのです。『私は急ぎ燕・趙へ使いに出ます。急いで車を用意し、旅の支度を整えます。』」犀首は「わかりました」と言った。犀首は魏王に申し出て、王はこれを許可した。そこで犀首は堂々と燕・趙へ使いすることを公言した。諸侯の食客たちはこれを聞き、それぞれ自国の王に告げて言った。「李従は車百台で楚へ使いし、犀首もまた車三十台で燕・趙へ使いしている。」斉王はこれを聞き、天下に遅れをとって魏(犀首)を他国に取られてしまうことを恐れ、重要な仕事を犀首に委ねようとした。犀首は斉の仕事を引き受けた。すると魏王は犀首の燕・趙行きを取りやめさせた。燕・趙もこれを聞き、同様に仕事を犀首に委ねようとした。楚王はこれを聞いて言った。「李従は私と盟約を結んだが、今や燕・斉・趙がみな重要な仕事を犀首に頼っている。犀首はきっと私のことも望んでいるに違いない。私も彼を望みたい。」そこで楚王は李従との約束を破り、重要な仕事を犀首に委ねた。魏王は言った。「これまで犀首を用いなかったのは、それが得策ではないと考えていたからだ。しかし四国がこぞって重要な仕事を彼に委ねるというのなら、私もまた彼に仕事を委ねよう。」こうして犀首はついに天下の外交を取り仕切ることになり、再び魏の宰相となった。
解説
この章句が説くこと
関連する章句
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戦国策・齊王將見燕趙楚之相於衛斉王将に燕・趙・楚の相と衛に見えんとし、魏を外にするを約す。魏王懼れ、其の魏を伐つを謀るを恐れ、公孫衍に告ぐ。公孫衍曰わく、「王臣に百金を与えよ、臣請う之を敗らん。」王車を約する為に、百金を載す。犀首斉王の至るを期する日、先ず車五十乗を以て衛に至りて斉に間(まじ)わり、行くに百金を以てし、以て先に斉王に見えんことを請い、乃ち見ゆるを得たり。因りて久しく坐して安んじ、従容として三国の相い怨むを談ず。斉王に謂いて曰わく、「王三国と約して魏を外にす、魏公孫衍をして来たらしむ、今久しく之と談ずるは、是れ王三国を謀るなり。」斉王曰わく、「魏王寡人の来たるを聞き、公孫子をして寡人を労せしむ、寡人之と語ること無きなり。」三国相信ぜず、斉王の遇、遇事遂に敗る。
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戦国策・魏王將相張儀魏王将に張儀を相たらしめんとす、犀首利あらずとし、故に人をして韓の公叔に謂わしめて曰わく、「張儀秦・魏を合するを以てせり。其の言に曰わく、『魏南陽を攻め、秦三川を攻めば、韓氏必ず亡びん』と。且つ魏王の張子を貴ぶ所以は、埊を得んと欲すればなり、則ち韓の南陽挙がらん。子盍(なん)ぞ少しく委ねざる、以て衍の功と為さば、則ち秦・魏の交わり廃すべし。此くの如くんば、則ち魏必ず秦を図りて儀を棄て、韓を収めて衍を相とせん。」公叔以て信と為し、因りて之を委ね、犀首以て功と為し、果たして魏に相たり。
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戦国策・犀首見梁君犀首、梁君に見(まみ)えて曰く、「臣力を尽くし知を竭(つく)し、以て王の為に土を広め尊名を取らんと欲するに、田需中より君を敗(やぶ)り、王又之を聴く、是れ臣終に成功無きなり。需亡(さ)らば、臣将に侍(つか)えんとす。需侍(はべ)らば、臣請う亡らん」と。王曰く、「需は寡人の股掌の臣なり。子の不便の為に、之を殺し之を亡すも、天下に何と謂わんや、群臣を内(い)るるに何如(いかん)せんや。今吾子の為に之を外にし、敢えて子の事に入らしめざらしめん。子の事に入る者は、吾子の為に之を殺し之を亡さん、胡如(いかん)」と。犀首許諾す。是(ここ)に於いて東のかた田嬰に見え、之と約結す。文子を召して之を魏に相とし、身は韓に相たり。
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戦国策・犀首以梁為齊戰於承匡而不勝犀首、梁を以て齊の爲に承匡に戰ひて勝たず。張儀、梁王に「臣の言を用ゐずして以て國を危うくす」と謂ふ。梁王因りて儀を相とす、儀、秦・梁を以て齊の合從に橫して親しむ。犀首敗らんと欲し、衛君に謂ひて曰く、「衍(えん)、儀に怨有るに非ざるなり、國の爲にする所以の同じからざるに値(あた)るのみ。君必ず衍の爲に解け。」衛君儀に告ぐる爲にす、儀許諾し、因りて之と衛君の前に參坐す。犀首跪行し、儀の爲に千秋の祝を爲す。明日張子行き、犀首之を送りて齊の疆に至る。齊王之を聞き、儀を怒りて曰く、「衍や吾が讎なり、而して儀之と俱にす、是れ必ず衍と吾が國を鬻がん。」遂に聽かず。
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戦国策・張儀欲窮陳軫張儀、陳軫を窮せしめんと欲し、魏王をして召して之を相たらしめ、来たりて将に之を悟(さと)らしめんとす。将に行かんとするに、其の子陳応其の公の行くを止めて曰わく、「物の湛(しず)める者は、察せざるべからず。鄭彊秦を出でて曰わく、応知と為す、と。夫れ魏楚・斉を絶たんと欲せば、必ず重く公を迎えん。郢中の公に善からざる者は、公の去るを欲し、必ず王に勤めて公の車を多くせん。公宋に至らば、道に疾と称して行くこと毋(な)かれ、人をして斉王に謂わしめて曰わく、『魏の我を迎うる所以は、斉・楚を絶たんと欲すればなり』と。」斉王曰わく、「子果たして魏に之くこと無くして寡人に見えなば、請う子を封ぜん。」因りて魯侯の車を以て之を迎う。
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戦国策・陳軫告楚之魏陳軫、楚を告げて魏に之く。張儀之を魏王に悪みて曰く、「軫猶お楚を善みし、地を求むるが為に甚だ力む。」左爽、陳軫に謂いて曰く、「儀、魏王に善みせられ、魏王甚だ之を信ず、公百たび之を説くと雖も、猶お聴かれざらん。公は儀の言を以て資と為し、而して復た楚するに如かず。」陳軫曰く、「善し。」因りて人をして儀の言を以て楚に聞こえしむ。楚王喜び、之を復せんと欲す。