戦国策 / 張儀欲以魏合於秦韓
張儀欲以魏合於秦、韓而攻齊、楚。惠施欲以魏合於齊、楚以案兵。人多為張子於王所。惠子謂王曰:「小事也,謂可者謂不可者正半,況大事乎?以魏合於秦、韓而攻齊、楚,大事也,而王之群臣皆以為可。不知是其可也,如是其明耶?而群臣之知術也,如是其同耶?是其可也,未如是其明也,而群臣之知術也,又非皆同也,是有其半塞也。所謂劫主者,失其半者也。」
新字:張儀欲以魏合於秦、韓而攻斉、楚。恵施欲以魏合於斉、楚以案兵。人多為張子於王所。恵子謂王曰:「小事也,謂可者謂不可者正半,況大事乎?以魏合於秦、韓而攻斉、楚,大事也,而王之群臣皆以為可。不知是其可也,如是其明耶?而群臣之知術也,如是其同耶?是其可也,未如是其明也,而群臣之知術也,又非皆同也,是有其半塞也。所謂劫主者,失其半者也。」
書き下し
張儀、魏を以て秦・韓に合して斉・楚を攻めんと欲す。恵施、魏を以て斉・楚に合して兵を案(とど)めんと欲す。人多く張子の為に王の所に在り。恵子王に謂いて曰わく、「小事なるも、可と謂う者不可と謂う者正に半ばす、況んや大事をや。魏を以て秦・韓に合して斉・楚を攻むるは、大事なり、而して王の群臣皆以て可と為す。知らず、是れ其の可なること、是くの如く其れ明らかなるか。而して群臣の術を知ること、是くの如く其れ同じきか。是れ其の可なること、未だ是くの如く其れ明らかならず、而して群臣の術を知ること、又皆同じきに非ず、是れ其の半ば塞がる有り。所謂主を劫かす者は、其の半ばを失う者なり。」
現代語訳
張儀は魏を秦・韓と結ばせて斉・楚を攻撃させようとした。恵施は魏を斉・楚と結ばせて兵を動かさないようにしようとした。多くの者たちが張儀に味方して王のもとに集まっていた。恵子は王にこう言った。「小さな事柄であっても、賛成する者と反対する者はほぼ半々に分かれるものです。まして大きな事柄であればなおさらです。魏を秦・韓と結ばせて斉・楚を攻めるというのは、まさに大きな事柄です。それなのに、王の群臣たちはみな賛成だとおっしゃっています。私には分かりません、これが賛成に値するほど、はたして本当にそれほど明白なことなのでしょうか。それとも、群臣たちが物事の道理を理解する力が、それほどまでにみな同じだということなのでしょうか。実際には、これが正しいということはそれほど明白ではなく、群臣たちの理解力もまたみな同じというわけではありません。つまり、反対の意見の半分がふさがれ、王のもとに届いていないのです。世に言う『主君を欺き操る』とは、まさにこの半分の意見を失わせることなのです。」
解説
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戦国策・張儀逐惠施於魏張儀、恵施を魏に逐う。恵子、楚に之き、楚王之を受く。馮郝、楚王に謂いて曰く、「恵子を逐いし者は張儀なり。而るに王親ら与に約すれば、是れ儀を欺くなり、臣王の為に取らざるなり。恵子は儀の為にする者来たらば、而ち王の張儀に交わるを悪まん、恵子必ず行かざらん。且つ宋王の恵子を賢とするは、天下聞かざる莫きなり。今の張儀を善みせざるも、天下知らざる莫きなり。今、事の故を以て、貴ぶ所を讎人に棄つれば、臣以て大王軽んぜらると為すなり。且つ事を為すか。王は恵子を挙げて之を宋に納るるに如かず、而して張儀に謂いて曰く、『請う子の為に納るる勿からん。』と。儀必ず王に徳とせん。而して恵子窮人にして、王之を奉ずれば、又必ず王に徳とせん。此れ儀の実を失わずして、以て恵子に徳とすべし。」楚王曰く、「善し。」乃ち恵子を奉じて之を宋に納る。
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戦国策・張子儀以秦相魏張子儀、秦を以て魏に相たり、斉・楚怒りて魏を攻めんと欲す。雍沮、張子に謂いて曰わく、「魏の公を相とする所以は、公相たれば則ち国家安んじて、百姓患い無きを以てなり。今公相たりて魏兵を受く、是れ魏の計の過ちなり。斉・楚魏を攻めば、公必ず危うからん。」張子曰わく、「然らば則ち奈何せん。」雍沮曰わく、「請う斉・楚をして攻めを解かしめん。」雍沮斉・楚の君に謂いて曰わく、「王も亦張儀の秦王に約するを聞くか。曰わく、『王若し儀を魏に相とせしめば、斉・楚儀を悪みて、必ず魏を攻めん。魏戦いて勝たば、是れ斉・楚の兵折れて、儀固より魏を得ん。若し魏に勝たずんば、魏必ず秦に事えて以て其の国を持し、必ず地を割きて王に賂わん。若し復た攻めんと欲するも、其の敝(つい)え秦に応ずるに足らず』と。此れ儀の秦王と陰かに相結ぶ所以なり。今儀魏に相たりて之を攻むれば、是れ儀の計を秦に当たらしむるなり、儀を窮するの道に非ざるなり。」斉・楚の王曰わく、「善し。」乃ち遽かに魏を攻むるを解く。
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戦国策・張儀欲并相秦魏張儀、秦・魏に并せ相たらんと欲し、故に魏王に謂いて曰わく、「儀請う秦を以て三川を攻めん、王其の間を以て南陽を約せば、韓氏亡びん。」史厭、趙献に謂いて曰わく、「公何ぞ楚を以て儀を佐けて之を魏に相たらんことを求めざる。韓亡ぶるを恐れば、必ず南のかた楚に走らん。儀秦・魏を兼ね相たらば、則ち公も亦必ず楚・韓に并せ相たらん。」
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