戦国策 / 張儀逐惠施於魏
張儀逐惠施於魏。惠子之楚,楚王受之。馮郝謂楚王曰:「逐惠子者,張儀也。而王親與約,是欺儀也,臣為王弗取也。惠子為儀者來,而惡王之交於張儀,惠子必弗行也。且宋王之賢惠子也,天下莫不聞也。今之不善張儀也,天下莫不知也。今為事之故,棄所貴於讎人,臣以為大王輕矣。且為事耶?王不如舉惠子而納之於宋,而謂張儀曰:『請為子勿納也。』儀必德王。而惠子窮人,而王奉之,又必德王。此不失為儀之實,而可以德惠子。」楚王曰:「善。」乃奉惠子而納之宋。
新字:張儀逐恵施於魏。恵子之楚,楚王受之。馮郝謂楚王曰:「逐恵子者,張儀也。而王親与約,是欺儀也,臣為王弗取也。恵子為儀者来,而悪王之交於張儀,恵子必弗行也。且宋王之賢恵子也,天下莫不聞也。今之不善張儀也,天下莫不知也。今為事之故,棄所貴於讎人,臣以為大王軽矣。且為事耶?王不如舉恵子而納之於宋,而謂張儀曰:『請為子勿納也。』儀必徳王。而恵子窮人,而王奉之,又必徳王。此不失為儀之実,而可以徳恵子。」楚王曰:「善。」乃奉恵子而納之宋。
書き下し
張儀、恵施を魏に逐う。恵子、楚に之き、楚王之を受く。馮郝、楚王に謂いて曰く、「恵子を逐いし者は張儀なり。而るに王親ら与に約すれば、是れ儀を欺くなり、臣王の為に取らざるなり。恵子は儀の為にする者来たらば、而ち王の張儀に交わるを悪まん、恵子必ず行かざらん。且つ宋王の恵子を賢とするは、天下聞かざる莫きなり。今の張儀を善みせざるも、天下知らざる莫きなり。今、事の故を以て、貴ぶ所を讎人に棄つれば、臣以て大王軽んぜらると為すなり。且つ事を為すか。王は恵子を挙げて之を宋に納るるに如かず、而して張儀に謂いて曰く、『請う子の為に納るる勿からん。』と。儀必ず王に徳とせん。而して恵子窮人にして、王之を奉ずれば、又必ず王に徳とせん。此れ儀の実を失わずして、以て恵子に徳とすべし。」楚王曰く、「善し。」乃ち恵子を奉じて之を宋に納る。
現代語訳
張儀が恵施を魏から追放した。恵子(恵施)は楚へ行き、楚王は彼を受け入れた。馮郝が楚王に言った。「恵子を追放したのは張儀です。それなのに王が自ら恵子と約束(受け入れ)を結ばれれば、これは張儀を裏切ることになり、私は王のためにこれを是としません。恵子が(もし)張儀の側に立つ者であったなら、王が張儀と付き合っていることを嫌がって、恵子は決して(楚に)来なかったはずです。しかも、宋王が恵子を賢者として重んじていることは天下に知れ渡っています。それと同様に、恵子が張儀と仲が良くないことも天下に知れ渡っています。今、目先の事情のために、貴重な人材を敵(張儀)に譲り渡してしまえば、私は大王が軽んじられることになると思います。ではどうすればよいか。王は恵子を(ここで)取り立てて宋に送り届けるのが一番です。そして張儀にはこう伝えるのです。『あなたのために(恵子を楚に)受け入れることはいたしません』と。そうすれば張儀は必ず王に感謝するでしょう。一方、恵子は困窮した身であるのに王が厚遇して送り届ければ、恵子もまた必ず王に感謝するでしょう。こうすれば張儀との関係を損なうことなく、しかも恵子にも恩を売ることができます。」楚王は「よろしい」と言い、そこで恵子を厚遇して宋へ送り届けた。
解説
この章句が説くこと
関連する章句
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戦国策・張儀欲以魏合於秦韓張儀、魏を以て秦・韓に合して斉・楚を攻めんと欲す。恵施、魏を以て斉・楚に合して兵を案(とど)めんと欲す。人多く張子の為に王の所に在り。恵子王に謂いて曰わく、「小事なるも、可と謂う者不可と謂う者正に半ばす、況んや大事をや。魏を以て秦・韓に合して斉・楚を攻むるは、大事なり、而して王の群臣皆以て可と為す。知らず、是れ其の可なること、是くの如く其れ明らかなるか。而して群臣の術を知ること、是くの如く其れ同じきか。是れ其の可なること、未だ是くの如く其れ明らかならず、而して群臣の術を知ること、又皆同じきに非ず、是れ其の半ば塞がる有り。所謂主を劫かす者は、其の半ばを失う者なり。」
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戦国策・魏王令惠施之楚魏王惠施をして楚に之(ゆ)かしめ、犀首をして齊に之かしむ。二子を鈞(ひと)しくする者、乗数鈞(ひと)しくして、将に交わりを測らんとするなり。楚王之を聞き、施因りて人をして先に楚に之かしめ、言わしめて曰く、「魏王犀首をして齊に之かしめ、惠施をして楚に之かしむ。二子を鈞しくする者は、将に交わりを測らんとするなり」と。楚王之を聞き、因りて郊に惠施を迎う。
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戦国策・楚王逐張儀於魏楚王、張儀を魏に逐う。陳軫曰く、「王、何ぞ張子を逐うや。」曰く、「臣為り不忠不信なるが為なり。」曰く、「不忠ならば、王以て臣と為すこと無かれ。不信ならば、王与に約を為すこと勿かれ。且つ魏の臣、不忠不信なるも、王に於て何ぞ傷まん。忠にして且つ信なるも、王に於て何の益あらん。逐いて聴かるれば則ち可なり、若し聴かれずんば、是れ王をして困しめしむるなり。且つ万乗の国をして其の相を免ぜしむるは、是れ城下の事なり。」
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戦国策・張子儀以秦相魏張子儀、秦を以て魏に相たり、斉・楚怒りて魏を攻めんと欲す。雍沮、張子に謂いて曰わく、「魏の公を相とする所以は、公相たれば則ち国家安んじて、百姓患い無きを以てなり。今公相たりて魏兵を受く、是れ魏の計の過ちなり。斉・楚魏を攻めば、公必ず危うからん。」張子曰わく、「然らば則ち奈何せん。」雍沮曰わく、「請う斉・楚をして攻めを解かしめん。」雍沮斉・楚の君に謂いて曰わく、「王も亦張儀の秦王に約するを聞くか。曰わく、『王若し儀を魏に相とせしめば、斉・楚儀を悪みて、必ず魏を攻めん。魏戦いて勝たば、是れ斉・楚の兵折れて、儀固より魏を得ん。若し魏に勝たずんば、魏必ず秦に事えて以て其の国を持し、必ず地を割きて王に賂わん。若し復た攻めんと欲するも、其の敝(つい)え秦に応ずるに足らず』と。此れ儀の秦王と陰かに相結ぶ所以なり。今儀魏に相たりて之を攻むれば、是れ儀の計を秦に当たらしむるなり、儀を窮するの道に非ざるなり。」斉・楚の王曰わく、「善し。」乃ち遽かに魏を攻むるを解く。
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戦国策・楚王令昭雎之秦重張儀楚王、昭雎をして秦に之きて張儀を重んぜしむ。未だ至らざるに、恵王死す。武王、張儀を逐う。楚王因りて昭雎を収めて以て斉を取らんとす。桓臧、雎の為に楚王に謂いて曰く、「横親の合わざるは、儀、恵王を貴びて雎を善みすればなり。今、恵王死し武王立ちて、儀走り、公孫郝・甘茂貴し。甘茂は魏を善みし、公孫郝は韓を善みす。二人固より雎を善みせず、必ず秦を以て韓・魏に合せん。韓・魏の儀を重んずるは、儀秦を有して雎楚を以てこれを重んずればなり。今、儀秦に困しみて雎楚を収む、韓・魏秦を得んと欲せば、必ず二人の者を善みせん。将に韓・魏を収めて儀を軽んじ楚を伐たんとし、方城必ず危うからん。王は雎を復すに如かず、而して儀を韓・魏に重んぜしめよ。儀、楚の勢に拠り、魏の重きを挟みて、以て秦と争わば、魏秦に合せず、韓も亦従わず、則ち方城患い無からん。」
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戦国策・魏王將相張儀魏王将に張儀を相たらしめんとす、犀首利あらずとし、故に人をして韓の公叔に謂わしめて曰わく、「張儀秦・魏を合するを以てせり。其の言に曰わく、『魏南陽を攻め、秦三川を攻めば、韓氏必ず亡びん』と。且つ魏王の張子を貴ぶ所以は、埊を得んと欲すればなり、則ち韓の南陽挙がらん。子盍(なん)ぞ少しく委ねざる、以て衍の功と為さば、則ち秦・魏の交わり廃すべし。此くの如くんば、則ち魏必ず秦を図りて儀を棄て、韓を収めて衍を相とせん。」公叔以て信と為し、因りて之を委ね、犀首以て功と為し、果たして魏に相たり。