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戦国策 / 魏敗楚於陘山

魏敗楚於陘山,禽唐明。楚王懼,令昭應奉太子以委和於薛公。主父欲敗之,乃結秦連楚、宋之交,令仇郝相宋,樓緩相秦。楚王禽趙、宋,魏之和卒敗。

新字:魏敗楚於陘山,禽唐明。楚王懼,令昭応奉太子以委和於薛公。主父欲敗之,乃結秦連楚、宋之交,令仇郝相宋,楼緩相秦。楚王禽趙、宋,魏之和卒敗。

書き下し

魏、楚を陘山に敗り、唐明を禽(とりこ)にす。楚王懼れ、昭応をして太子を奉じて以て和を薛公に委ねしむ。主父之を敗らんと欲し、乃ち秦に結びて楚・宋の交わりを連ね、仇郝をして宋に相たらしめ、楼緩をして秦に相たらしむ。楚王趙・宋を禽にせんとするも、魏の和卒に敗る。

現代語訳

魏は陘山で楚を破り、楚の将軍唐明を捕虜にした。楚王は恐れ、昭応に太子を奉じさせて薛公(孟嘗君)のもとへ送り、和議を委ねさせた。主父(趙の武霊王)はこの和議を破談にさせようと考え、そこで秦と結んで楚・宋との外交関係を連携させ、仇郝を宋の宰相とし、楼緩を秦の宰相とした。楚王は趙・宋を制しようとしたが、魏との和議は結局破れてしまった。

解説

この一篇は、魏が陘山の戦いで楚を破り将軍唐明を捕虜にしたことを機に、恐れをなした楚が薛公(孟嘗君)を通じて魏との和議を図ろうとした動きと、それを妨害しようとした趙の主父(武霊王)の外交工作を伝えています。主父は自らが直接介入するのではなく、秦と結び、さらに宋・秦それぞれの宰相人事にまで手を回すことで、楚と魏の和議そのものを頓挫させました。当事国同士の和平交渉であっても、周辺国が自国の勢力均衡上の利害から水面下でこれを妨げようとする構図は、戦国期の外交が二国間の問題にとどまらない多国間ゲームであったことを示しています。現代の国際関係や業界内の合従連衡でも、当事者同士の合意だけでは物事が進まず、第三者の利害調整が結果を左右する場面は少なくありません。

この章句が説くこと

戦国策趙四主父武霊王合従連衡外交工作

この一句を、あなたの毎日に。

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