戦国策 / 馮忌為廬陵君謂趙王
馮忌為廬陵君謂趙王曰:「王之逐廬陵君,為燕也。」王曰:「吾所以重者,無燕、秦也。」對曰:「秦三以虞卿為言,而王不逐也。今燕一以廬陵君為言,而王逐之。是王輕強秦而重弱燕也。」王曰:「吾非為燕也,吾固將逐之。」「然則王逐廬陵君,又不為燕也。行逐愛弟,又兼無燕、秦,臣竊為大王不取也。」
新字:馮忌為廬陵君謂趙王曰:「王之逐廬陵君,為燕也。」王曰:「吾所以重者,無燕、秦也。」対曰:「秦三以虞卿為言,而王不逐也。今燕一以廬陵君為言,而王逐之。是王軽強秦而重弱燕也。」王曰:「吾非為燕也,吾固将逐之。」「然則王逐廬陵君,又不為燕也。行逐愛弟,又兼無燕、秦,臣窃為大王不取也。」
書き下し
馮忌、廬陵君の為に趙王に謂いて曰わく、「王の廬陵君を逐うは、燕の為なり。」王曰わく、「吾が重んずる所以の者は、燕・秦無ければなり。」対えて曰わく、「秦三たび虞卿を以て言と為すも、王逐わざるなり。今燕一たび廬陵君を以て言と為すに、王之を逐う。是れ王強秦を軽んじて弱燕を重んずるなり。」王曰わく、「吾燕の為にするに非ず、吾固より将に之を逐わんとす。」「然らば則ち王廬陵君を逐うは、又燕の為にするに非ず。愛弟を逐うを行いて、又燕・秦無きを兼ぬ、臣竊かに大王の為に取らざるなり。」
現代語訳
馮忌が廬陵君のために趙王にこう言った。「王が廬陵君を追放されたのは、燕のためでございますね。」王は言った。「私が重んじる理由は、燕や秦のためではない。」馮忌は答えて言った。「秦は三度も虞卿のことを持ち出して要求しましたが、王はお聞き入れになりませんでした。ところが燕はたった一度、廬陵君のことを持ち出しただけで、王は彼を追放なさいました。これでは王は強大な秦を軽んじて、弱小な燕を重んじていることになります。」王は言った。「私は燕のためにこうしたのではない。もとより自分の意志で彼を追放するつもりだったのだ。」馮忌は言った。「それならば、王が廬陵君を追放されたのは、燕のためでもないことになります。愛する弟を追放しておきながら、燕にも秦にも配慮したわけでもない。私はひそかに、大王のためにこれは取るべき道ではないと思います。」
解説

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