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戦国策 / 唐且見春申君

唐且見春申君曰:「齊人飾身修行得為益,然臣羞而不學也。不避絕江河,行千餘里來,竊慕大君之義,而善君之業。臣聞之,賁、諸懷錐刃而天下為勇,西施衣褐而天下稱美。今君相萬乘之楚,禦中國之難,所欲者不成,所求者不得,臣等少也。夫梟棋之所以能為者,以散棋佐之也。夫一梟之不如不勝五散,亦明矣。今君何不為天下梟,而令臣等為散乎?」

新字:唐且見春申君曰:「斉人飾身修行得為益,然臣羞而不学也。不避絶江河,行千余里来,竊慕大君之義,而善君之業。臣聞之,賁、諸懐錐刃而天下為勇,西施衣褐而天下称美。今君相万乗之楚,禦中国之難,所欲者不成,所求者不得,臣等少也。夫梟棋之所以能為者,以散棋佐之也。夫一梟之不如不勝五散,亦明矣。今君何不為天下梟,而令臣等為散乎?」

書き下し

唐且、春申君に見えて曰く、「斉人身を飾り行いを修めて益を為すを得るも、然れども臣羞じて学ばざるなり。江河を避けず、行くこと千余里にして来たり、竊かに大君の義を慕い、君の業を善しとす。臣之を聞く、賁・諸、錐刃を懐きて天下勇と為し、西施褐を衣て天下美を称す、と。今、君万乗の楚に相たり、中国の難を禦ぐも、欲する所成らず、求むる所得ず、臣等少なければなり。夫れ梟棋の能く為す所以の者は、散棋を以て之を佐くればなり。夫れ一梟の五散に勝たざるも亦明らかなり。今、君何ぞ天下の梟と為らずして、臣等をして散と為さしめざるや。」

現代語訳

唐且が春申君に会って言った。「斉の人は身なりを整え行いを修めることで利益を得ようとしますが、私はそれを恥じて学びませんでした。長江や黄河を避けることなく、千里余りの道を歩んでここまで参ったのは、ひそかに大君の義を慕い、あなたの事業を良いものと認めているからです。私が聞くところでは、賁(孟賁)や諸(専諸)は錐や刃物一つを懐に抱いて天下に勇者と称えられ、西施は粗末な服を着ても天下に美人と称えられたといいます。今、あなたは万乗の大国・楚の宰相として、中原諸国からの難事を防いでおられますが、望むことが成就せず、求めることが得られないのは、私どものような者(の助け)が少ないからです。そもそも囲碁の梟棋(親駒)が力を発揮できるのは、散棋(他の駒)がこれを助けるからです。梟の一つだけでは、五つの散棋に勝てないのも明らかなことです。今、あなたはどうして自ら天下の梟(親駒)となって、私どもを散棋として使ってくださらないのですか。」

解説

遊説の士・唐且が、楚の宰相・春申君に自らを登用するよう説いた話です。斉の人々のように身なりや評判で取り入るのを恥じ、遠路をいとわず本物の実力で訪ねてきたと自負したうえで、孟賁・専諸の勇や西施の美が外見によらないことを例に挙げ、自分もまた見かけによらず役立つ人材であると訴えます。さらに囲碁の「梟(親駒)」と「散(他の駒)」の関係を比喩に用い、いかに優れた指導者(梟)であっても、それを支える多くの人材(散)がいなければ十分に力を発揮できないと説きました。トップ一人の力だけでは組織は動かず、周囲を固める人材の厚みこそが成果を左右するという指摘は、リーダーシップ論としても示唆に富みます。有能な人物を見出し、進んで自陣に加えようとする度量が問われる場面です。

この章句が説くこと

唐且春申君人材登用比喩囲碁

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