戦国策 / 江乙欲惡昭奚恤於楚
江乙欲惡昭奚恤於楚,謂楚王曰:「下比周,則上危;下分爭,則上安。王亦知之乎?願王勿忘也。且人有好揚人之善者,於王何如?」王曰:「此君子也,近之。」江乙曰:「有人好揚人之惡者,於王何如?」王曰:「此小人也,遠之。」江乙曰:「然則且有子殺其父,臣弒其主者,而王終已不知者,何也?以王好聞人之美而惡聞人之惡也。」王曰:「善。寡人願兩聞之。」
新字:江乙欲悪昭奚恤於楚,謂楚王曰:「下比周,則上危;下分争,則上安。王亦知之乎?願王勿忘也。且人有好揚人之善者,於王何如?」王曰:「此君子也,近之。」江乙曰:「有人好揚人之悪者,於王何如?」王曰:「此小人也,遠之。」江乙曰:「然則且有子殺其父,臣弒其主者,而王終已不知者,何也?以王好聞人之美而悪聞人之悪也。」王曰:「善。寡人願両聞之。」
書き下し
江乙、昭奚恤を楚に悪しざまに言わんと欲し、楚王に謂いて曰わく、「下比周すれば、則ち上危うし。下分かれ争えば、則ち上安し。王も亦た之を知るか。願わくは王忘るる勿かれ。且つ人に人の善を揚ぐるを好む者あり、王に於て何如。」王曰わく、「此れ君子なり、之に近づけ。」江乙曰わく、「人の悪を揚ぐるを好む者あり、王に於て何如。」王曰わく、「此れ小人なり、之に遠ざけよ。」江乙曰わく、「然らば則ち且つ子其の父を殺し、臣其の主を弒する者有るも、王終に已に知らざる者あらん、何ぞや。王人の美を聞くを好みて人の悪を聞くを悪むを以てなり。」王曰わく、「善し。寡人両つながら之を聞かんことを願う。」
現代語訳
江乙は昭奚恤を楚王に讒言しようとして、こう言った。「臣下たちが徒党を組めば、君主の地位は危うくなります。臣下たちが分かれて争えば、君主の地位は安泰です。王もこのことをご存じでしょう。どうか忘れないでいただきたい。ところで、人の美点を褒めることを好む者がいたら、王はどう思われますか。」王は「それは君子だ、近づけよう」と言った。江乙は「では、人の悪口を言うことを好む者がいたら、王はどう思われますか」と尋ねた。王は「それは小人だ、遠ざけよう」と言った。江乙は言った。「それならば、子がその父を殺し、臣下がその主君を弑逆するようなことがあっても、王が最後までそれを知らないままということが起こりえます。なぜかと言えば、王は人の美点を聞くのを好み、人の悪を聞くのを嫌うからです。」王は言った。「よく分かった。私は両方とも聞くことにしよう。」
解説
この章句が説くこと
関連する章句
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葉隠・聞書第一諫言(かんげん)の道に、我(われ)其の位(くらい)にあらずば、其の位の人に言はせて、御誤(おあやまり)直(なお)る様にするが大忠(たいちゅう)なり。此の階(かい)の為に諸人(しょにん)と懇意(こんい)する所なり。我が為にすれば追従(ついしょう)なり。一方(いっぽう)は我等(われら)荷(にな)ひ申す心入(こころいれ)からなり。成程(なるほど)なるものなり。
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葉隠・聞書第一或人(あるひと)覚悟の体(てい)覚書に、主君の身辺(しんぺん)勤むる者は別けて身持(みもち)覚悟慎むべきことなり。御側(おそば)の者の様子を見て、主人のたけを人が積(つも)るものなり。今は御機嫌悪し、序(つい)でになどと思うて居る内に、不図(ふと)御誤(おんあやまり)もあるべきことなり。又諫言(かんげん)は時を移さず申し上ぐべきことなり。仰せ出(いで)済みて後も、其の者に理を附け、少しづつもよき様に云いなせば、帰参(きさん)も早きものなり。又仕合せ(しあわせ)よき人には、無音(ぶいん)しても苦しからず、侍の義理なり。又科人(とがにん)をわろく云うは不義理の事なり。落ちぶれたる者には随分不憫(ふびん)を加え、何とぞ立ち直す様に致すべきこと、侍の義理なりと、これあり候。
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葉隠・聞書第一御縁組(ごえんぐみ)の時、何某(なにがし)一分(いちぶん)を申し達し候。この事、若き衆(しゅう)よく心得(こころえ)置くべき事なり。その身(み)気味(きみ)よく思うて、云(い)ふべき事を云うて腹切(はらき)りても本望(ほんもう)と思ふべし。よくよく了簡(りょうけん)候へ、何の益(えき)にも立たぬ事なり。我(われ)かやうの事を云うて腹切りても本望と思ふは、なるほど聞(きこ)えたり。曲者(くせもの)などと思ふは以(もっ)ての外(ほか)なる取違(とりちが)ひなり。まづ申し出でたる事その詮(せん)なく、我が身は引き取り、御養育(ごよういく)も仕(つかまつ)らず、追付(おっつ)け御死去(ごしきょ)なされ候に、御看病(ごかんびょう)も仕らず、残念千万(ざんねんせんばん)なり。気過(きす)ぎなる人は多分(たぶん)誤(あやま)る所なり。総(そう)じてその位(くらい)に至らずして諫言(かんげん)するは却(かえ)つて不忠(ふちゅう)なり。誠(まこと)の者ならば、我が存(ぞん)じ寄りたる事を似合(にあ)ひたる人に潜(ひそ)かに内談(ないだん)して、その人の思ひ寄りにさせて云へば、その事調(ととの)はるなり。これ忠節(ちゅうせつ)なり。もし、内談にてその人請(う)け合はずば、また外(ほか)の人にも内談し、とかく色々心遣(こころづか)ひをして、その事さへ調はるる様にすれば、大忠節(だいちゅうせつ)も知れぬ様にして居るものなり。幾人(いくにん)に内談しても、埒(らち)明かざる時は力に及ばず、その分(ぶん)にて打ち過ぎ、または起こし立て起こし立てすれば、多分叶(かな)ふものなり。我こそ曲者と云はるる名聞(みょうもん)ばかりにて、我が手柄(てがら)にするゆゑ調はざるなり。申し出でたる事益には立たず、人に難(なん)ぜられ、我が身を崩(くず)したる人数多(あまた)これあるなり。畢竟(ひっきょう)真(しん)の志(こころざし)なきゆゑなり。我が身を一向(いっこう)に捨て捨てて、主君の上(うえ)どうなりとも好き様にとさへ思へば、紛(まぎ)るる事はこれなく候なり。
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荀子・大略篇人の臣下たる者は、諫むること有るも訕ること無く、亡ること有るも疾むこと無く、怨むこと有るも怒ること無し。
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葉隠・聞書第一主人に諫言(かんげん)をするに色々あるべし。志(こころざし)の諫言は、脇(わき)に知れぬ様にするなり。御気(おんき)にさからわぬ様にして御癖(おんくせ)を直し申すものなり。細川頼之(ほそかわよりゆき)が忠義などなり。昔、御道中にて、御年寄(おとしより)何某(なにがし)承り、「某(それがし)、一命を捨てて申し上ぐべく候。段々御延引(ごえんいん)の上に脇寄(わきよ)りなど遊ばされ候節(せつ)、以ての外(ほか)然(しか)るべからず候。」と、諸人(しょにん)に向かい、「御暇乞(おいとまごい)仕り候。」と詞(ことば)を渡し、行水(ぎょうずい)、白帷子(しろかたびら)下着(したぎ)にて御前(ごぜん)へ罷出(まかりい)でられ、追付(おっつけ)退出、また諸人に向かい、「拙者(せっしゃ)申し上げ候儀、聞召(きこしめ)し分けられ本望至極(ほんもうしごく)、皆様へ一度御目に懸(かか)り候儀、不思議の仕合(しあわ)せ。」など広言(こうげん)申され候。これ皆、主人の非を顕(あらわ)し、我が忠を揚げ、威勢(いせい)を立つる仕事なり。多分、他国者(たこくもの)にこれあるなり。
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尚書・皐陶謨予(われ)違(たが)わば、汝(なんじ)弼(たす)けよ。汝、面従(めんじゅう)することなく、退(しりぞ)きて後言(こうげん)あることなかれ。