戦国策 / 五國約以伐齊
五國約以伐齊。昭陽謂楚王曰:「五國以破齊秦,必南圖楚。」王曰:「然則奈何?」對曰:「韓氏輔國也,好利而惡難。好利,可營也;惡難,可懼也。我厚賂之以利,其心必營。我悉兵以臨之,其心必懼我。彼懼吾兵而營我利,五國之事必可敗也。約絕之後,雖勿與地可。」楚王曰:「善。」乃命大公事之韓,見公仲曰:「夫牛闌之事,馬陵之難,親王之所見也。王苟無以五國用兵,請效列城五,請悉楚國之眾也,以廧於齊。」齊之反趙、魏之後,而楚果弗與地,則五國之事困也。
新字:五国約以伐斉。昭陽謂楚王曰:「五国以破斉秦,必南図楚。」王曰:「然則奈何?」対曰:「韓氏輔国也,好利而悪難。好利,可営也;悪難,可懼也。我厚賂之以利,其心必営。我悉兵以臨之,其心必懼我。彼懼吾兵而営我利,五国之事必可敗也。約絶之後,雖勿与地可。」楚王曰:「善。」乃命大公事之韓,見公仲曰:「夫牛闌之事,馬陵之難,親王之所見也。王苟無以五国用兵,請効列城五,請悉楚国之眾也,以廧於斉。」斉之反趙、魏之後,而楚果弗与地,則五国之事困也。
書き下し
五国約して以て斉を伐たんとす。昭陽、楚王に謂いて曰わく、「五国、斉・秦を破るを以て、必ず南のかた楚を図らん。」王曰わく、「然らば則ち奈何せん。」対えて曰わく、「韓氏は輔国なり、利を好みて難を悪む。利を好めば営むべく、難を悪めば懼れしむべし。我厚く之に賂うるに利を以てせば、其の心必ず営まん。我兵を悉くして以て之に臨めば、其の心必ず我を懼れん。彼、吾が兵を懼れて我が利を営まば、五国の事必ず敗るべし。約絶えて後、地を与えずと雖も可なり。」楚王曰わく、「善し。」乃ち大公に命じて之を韓に事えしめ、公仲に見えて曰わく、「夫れ牛闌の事、馬陵の難は、親しく王の見る所なり。王苟くも五国を以て兵を用うる無くんば、請う列城五を効し、請う楚国の衆を悉くするも、以て斉に廧たらん。」斉の趙・魏に反きし後、楚果たして地を与えず、則ち五国の事困しむなり。
現代語訳
五か国が同盟して斉を討とうとした。昭陽は楚王にこう言った。「五か国が斉と秦を打ち破れば、その勢いで必ず南に転じて楚を狙うでしょう。」王が「それならばどうすればよいか」と尋ねると、昭陽は答えた。「韓は他国を助けにまわる国で、利益を好み困難を嫌います。利益を好むならこちらに引き寄せることができ、困難を嫌うなら脅すことができます。手厚い利益で賂えば、韓の心は必ずこちらに靡くでしょう。こちらが全軍を動かして韓に迫れば、韓の心は必ず我が方を恐れるでしょう。彼らが我が軍を恐れ、我が利益に靡けば、五か国の企ては必ず崩れます。同盟が破れた後は、たとえ土地を与えなくてもよいのです。」楚王は「よろしい」と言った。そこで大公に命じて韓に仕えさせ、公仲(韓の重臣)に会わせてこう言わせた。「牛闌の一件や馬陵の苦難は、王が親しくご覧になった通りです。王がもし五か国のために兵を用いることをおやめになるなら、こちらは五つの城を差し出し、楚国の全軍をもって斉に立ち向かいましょう。」斉が趙・魏との関係を裏切った後、楚は案の定土地を与えず、結果として五か国の企ては行き詰まった。
解説
この章句が説くこと
関連する章句
-
説苑・奉使齊魯を攻む。子貢哀公に見え、吳に救いを求めんことを請う。公曰く、「奚ぞ先君の寶を用いんや。」子貢曰く、「吳をして寶を責めて我に師を與えしむれば、是れ恃むべからざるなり。」是に於て楊幹麻筋の弓六を以て往く。子貢吳王に謂いて曰く、「齊無道を爲し、周公の後をして血食せざらしめんと欲す。且つ魯の賦五百、邾の賦三百なり。識らず此を以て齊を益せば、吳の利ならんか、非ならんか。」吳王懼れ、乃ち師を興して魯を救う。諸侯曰く、「齊周公の後を伐つに、吳之を救う。」遂に吳に朝す。
-
説苑・奉使蔡師強・王堅をして楚に使いせしむ。楚王之を聞きて曰く、「人の名章章たる者多し、獨り師強王堅と爲すか。」趣かに之に見えんとし、次を以てせず、其の人の狀を視るに、其の名を疑いて其の聲を醜しとし、又た其の形を惡む。楚王大いに怒りて曰く、「今蔡人無きか。國伐つべきなり。人有りて遣わさざるか。國伐つべきなり。端に此を以て寡人を誡むるか。國伐つべきなり。」故に二使を發するに、三たび伐たんと謀る者を見る、蔡なり。
-
孫子・謀攻篇故に上兵は謀を伐つ。その次は交を伐つ。その次は兵を伐つ。その下は城を攻む。
-
孔子家語・辯物呉王夫差、将に哀公と与に晋侯に見えんとす。子服景伯、使者に対えて曰わく、「王諸侯を合すれば、則ち伯侯牧を率いて以て王に見う。伯諸侯を合すれば、則ち侯子男を率いて以て伯に見う。今諸侯会するに、君と寡君と晋君に見えば、則ち晋成りて伯と為らん。且つ執事伯を以て諸侯を召し、而して侯を以て之れを終うれば、何の利か之れ有らん。」呉人乃ち止む。既にして之れを悔い、遂に景伯を囚う。伯、大宰嚭に謂いて曰わく、「魯将に十月上辛を以て、上帝に事有らんとす、先王季辛にして畢わる。何ぞや、世に職有り、襄より已来之れを改む。若し其れ会せずんば、則ち祝宗将に曰わん、呉実に然りと。」嚭夫差に言い、之れを帰す。子貢之れを聞き、孔子に見えて曰わく、「子服氏の子、説くに拙し。実を以て囚を獲、詐を以て免るるを得たり。」孔子曰わく、「呉子は夷為り、徳は欺く可くして実を以てす可からず。是れ聴く者の蔽いにして、説く者の拙きに非ざるなり。」
-
戦国策・齊攻宋宋使臧子索救於荊斉、宋を攻む。宋、臧子をして救いを荊に索めしむ。荊王大いに説び、救うことを許すこと甚だ勧む。臧子憂えて反る。其の御曰く、「救いを索めて得たり、憂色有るは何ぞや」と。臧子曰く、「宋は小にして斉は大なり。夫れ小宋を救いて大斉に悪まるるは、此れ王の憂うる所なり。而るに荊王説ぶこと甚だし。必ず以て我を堅くせん。我堅くして斉弊るれば、荊の利なり」と。臧子乃ち帰る。斉王果たして攻め、宋の五城を抜くも、荊王至らず。
-
孔子家語・七十二弟子解端木賜は、字は子貢、衛の人、口才有るを以て著名なり。