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学問のすゝめ / 初編・国の分限を知らず

しかるを支那人などのごとく、わが国よりほかに国なきごとく、外国の人を見ればひとくちに夷狄夷狄と唱え、四足にてあるく畜類のようにこれを賤しめこれを嫌い、自国の力をも計らずしてみだりに外国人を追い払わんとし、かえってその夷狄に窘しめらるるなどの始末は、実に国の分限を知らず、一人の身の上にて言えば天然の自由を達せずしてわがまま放蕩に陥る者と言うべし。王制一度新たなりしより以来、わが日本の政風大いに改まり、外は万国の公法をもって外国に交わり、内は人民に自由独立の趣旨を示し、すでに平民へ苗字・乗馬を許せしがごときは開闢以来の一美事、士農工商四民の位を一様にするの基ここに定まりたりと言うべきなり。

書き下し

しかるを支那人などのごとく、わが国よりほかに国なきごとく、外国の人を見ればひとくちに夷狄夷狄と唱え、四足にてあるく畜類のようにこれを賤しめこれを嫌い、自国の力をも計らずしてみだりに外国人を追い払わんとし、かえってその夷狄に窘しめらるるなどの始末は、実に国の分限を知らず、一人の身の上にて言えば天然の自由を達せずしてわがまま放蕩に陥る者と言うべし。王制ひとたび新たなりしより以来、わが日本の政風大いに改まり、外は万国の公法をもって外国に交わり、内は人民に自由独立の趣旨を示し、すでに平民へ苗字・乗馬を許せしがごときは開闢以来の一美事、士農工商四民の位を一様にするの基ここに定まりたりと言うべきなり。

現代語訳

ところが中国の人などのように、自分の国のほかに国がないかのように、外国の人を見ればひとくちに夷狄だ夷狄だと唱え、四つ足で歩く畜生のようにこれを賤しみ嫌い、自国の力も測らずにみだりに外国人を追い払おうとし、かえってその夷狄に苦しめられるといった始末は、まことに国の限度を知らないもので、一人の身の上で言えば、生まれつきの自由を全うせずにわがまま放蕩に陥る者と言うべきです。王政が新しくなって以来、わが日本の政治の風は大いに改まり、外は万国の公法によって外国と交わり、内は人民に自由独立の趣旨を示し、すでに平民に苗字と乗馬を許したことなどは開闢以来の美事で、士農工商四民の位を同じくする基礎がここに定まったと言うべきです。

解説

国の限度を知らないことが、個人のわがままと同じだと位置づけられます。自国の力を測らずに他国を追い払おうとして、かえって苦しめられる。当時の中国を例にしていますが、それは十数年前の日本の姿でもありました。そして明治政府が平民に苗字と乗馬を許したことを開闢以来の美事と評価します。身分制の解体を、学問の前提として歓迎しているところが重要です。

この章句が説くこと

分限外交攘夷四民改革

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