戦国策 / 濮上之事
濮上之事,贅子死,章子走,盼子謂齊王曰:「不如易餘糧於宋,宋王必說,梁氏不敢過宋伐齊。齊固弱,是以餘糧收宋也。齊國復強,雖復責之宋,可;不償,因以為辭而攻之,亦可。」
新字:濮上之事,贅子死,章子走,盼子謂斉王曰:「不如易余糧於宋,宋王必説,梁氏不敢過宋伐斉。斉固弱,是以余糧収宋也。斉国復強,雖復責之宋,可;不償,因以為辞而攻之,亦可。」
書き下し
濮上の事、贅子死し、章子走り、盼子齊王に謂いて曰く、「餘糧を宋に易うるに如かず、宋王必ず説び、梁氏敢えて宋を過ぎて齊を伐たざらん。齊固より弱ければ、是を以て餘糧を宋に収むるなり。齊国復た強くなれば、復た之を宋に責むと雖も、可なり。償わずんば、因りて以て辞と為して之を攻むるも、亦た可なり」と。
現代語訳
濮水のほとりでの戦いで、齊の将軍贅子は戦死し、章子は敗走した。そこで盼子は齊王にこう進言した。「余った兵糧を宋に譲り渡すのが得策です。そうすれば宋王は必ず喜び、魏(梁)が宋を越えて齊を攻めることもなくなるでしょう。今の齊は確かに弱っていますから、そのために余った兵糧を宋に貸しておくのです。もし齊国が再び強くなれば、その時に改めて宋に返済を求めればよろしいし、宋が返せなければ、それを口実にして宋を攻めることもできましょう」。
解説
濮水での敗戦によって齊が窮地に陥った直後、参謀の盼子が示した危機対応の一策を伝える短い章です。敗戦で弱った齊が、余剰の兵糧を敵にも味方にもなりうる宋に貸し与えることで、当面は魏の侵攻を防ぎつつ、将来国力が回復すれば返済を求める、あるいは踏み倒しを口実に攻め込むという、二重の布石を打つ提案がなされています。一見すると寛大な援助のように見える行為が、実は将来の外交カードとして周到に設計されている点に、戦国の謀略家らしい計算高さが表れています。現在の劣勢を認めたうえで、一つの行動に複数の選択肢を仕込んでおくという発想は、資源が限られた状況での意思決定の一つのモデルとして参考になります。
この章句が説くこと
盼子濮上の戦い宋外交布石
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