師導古典を学びたいすべての人に

戦国策 / 燕攻齊齊破

燕攻齊,齊破。閔王奔莒,淖齒殺閔王。田單守即墨之城,破燕兵,復齊墟。襄王為太子徵。齊以破燕,田單之立疑,齊國之眾,皆以田單為自立也。襄王立,田單相之。過菑水,有老人涉菑而寒,出不能行,坐於沙中。田單見其寒,欲使後車分衣,無可以分者,單解裘而衣之。襄王惡之,曰:「田單之施,將欲以取我國乎?不早圖,恐後之。」左右顧無人,巖下有貫珠者,襄王呼而問之曰:「女聞吾言乎?」對曰:「聞之。」王曰:「女以為何若?」對曰:「王不如因以為己善。王嘉單之善,下令曰:『寡人憂民之饑也,單收而食之;寡人憂民之寒也,單解裘而衣之;寡人憂勞百姓,而單亦憂之,稱寡人之意。』單有是善而王嘉之,善單之善,亦王之善已」王曰:「善!」乃賜單牛酒,嘉其行。後數日,貫珠者復見王曰:「王至朝日,宜召田單而揖之於庭,口勞之。乃布令求百姓之饑寒者,收穀之。」乃使人聽於閭里,聞丈夫之相□與語,舉□□□□曰:「田單之愛人!嗟,乃王之教澤也!」

新字:燕攻斉,斉破。閔王奔莒,淖齒殺閔王。田単守即墨之城,破燕兵,復斉墟。襄王為太子徴。斉以破燕,田単之立疑,斉国之眾,皆以田単為自立也。襄王立,田単相之。過菑水,有老人渉菑而寒,出不能行,坐於沙中。田単見其寒,欲使後車分衣,無可以分者,単解裘而衣之。襄王悪之,曰:「田単之施,将欲以取我国乎?不早図,恐後之。」左右顧無人,巖下有貫珠者,襄王呼而問之曰:「女聞吾言乎?」対曰:「聞之。」王曰:「女以為何若?」対曰:「王不如因以為己善。王嘉単之善,下令曰:『寡人憂民之饑也,単収而食之;寡人憂民之寒也,単解裘而衣之;寡人憂労百姓,而単亦憂之,称寡人之意。』単有是善而王嘉之,善単之善,亦王之善已」王曰:「善!」乃賜単牛酒,嘉其行。後数日,貫珠者復見王曰:「王至朝日,宜召田単而揖之於庭,口労之。乃布令求百姓之饑寒者,収穀之。」乃使人聴於閭里,聞丈夫之相□与語,舉□□□□曰:「田単之愛人!嗟,乃王之教沢也!」

書き下し

燕齊を攻め、齊破る。閔王莒に奔り、淖歯閔王を殺す。田単即墨の城を守り、燕兵を破り、齊墟を復す。襄王太子と為りて徴せらる。齊燕を破るを以て、田単の立つこと疑わる、齊国の衆、皆田単を以て自立せんとすと為すなり。襄王立ち、田単之に相たり。菑水を過ぐるに、老人有り菑を渉りて寒く、出でて行く能わず、沙中に坐す。田単其の寒きを見、後車をして衣を分たしめんと欲するも、以て分つべき無く、単裘を解きて之に衣せしむ。襄王之を悪みて曰く、「田単の施しは、将に以て我が国を取らんと欲するか。早く図らずんば、恐らくは之に後れん」と。左右を顧みるに人無く、巌下に珠を貫く者有り、襄王呼びて之に問いて曰く、「女吾が言を聞くか」と。対えて曰く、「之を聞けり」と。王曰く、「女以て何如と為すか」と。対えて曰く、「王は因りて以て己の善と為すに如かず。王単の善を嘉して、令を下して曰く、『寡人民の饑うるを憂え、単収めて之を食わしめ、寡人民の寒きを憂え、単裘を解きて之に衣せしめ、寡人百姓を憂労し、単も亦た之を憂う、寡人の意に称う』と。単是の善有りて王之を嘉し、単の善を善しとせば、亦た王の善のみ」と。王曰く、「善し」と。乃ち単に牛酒を賜い、其の行を嘉す。後数日、珠を貫く者復た王に見えて曰く、「王朝日に至らば、宜しく田単を召して之を庭に揖し、口に之を労うべし。乃ち令を布きて百姓の饑寒する者を求め、之を収穀せしめよ」と。乃ち人をして閭里に聴かしむるに、丈夫の相い□と語るを聞き、□□□□を挙げて曰く、「田単の人を愛す、嗟、乃ち王の教沢なり」と。

現代語訳

燕は齊を攻め、齊は破れた。閔王は莒に逃れたが、淖歯によって殺された。田単は即墨の城を守り抜き、燕軍を打ち破って齊の旧領を回復した。襄王はもと太子として莒から迎え立てられた人物である。齊が燕を破ったことで田単の立場が疑われ、齊国の人々はみな田単が自ら王になろうとしているのではないかと噂した。襄王が即位すると、田単はその宰相となった。ある日、菑水のほとりを通りかかると、一人の老人が川を渡って冷えきり、動けなくなって砂の上に座り込んでいた。田単はその寒さを見かねて、供の車から衣を分け与えようとしたが、分けられる衣がなかったため、自分の毛皮の上着を脱いでその老人に着せてやった。これを聞いた襄王は不快に思い、「田単のこうした施しは、わが国を奪おうとする布石ではないか。早く手を打たなければ、手遅れになるのではないか」と言った。あたりに人がいないのを確かめて独り言のようにつぶやいたつもりであったが、岩陰に真珠を糸に通す仕事をしていた者がおり、襄王はその者を呼んで尋ねた。「そなたは今の私の言葉を聞いたか」。その者は「聞きました」と答えた。王が「そなたはどう思うか」と問うと、こう答えた。「王はむしろこれを御自身の善行にしてしまうのがよろしいでしょう。王が田単の善行をお褒めになり、こう命令を下すのです。『私は民が飢えるのを憂えていたところ、田単がこれを引き取って食べさせてくれた。私は民が寒がるのを憂えていたところ、田単は自分の毛皮を脱いで着せてくれた。私が百姓のことを気にかけているのと同じ気持ちを、田単も持っている。まさに私の意にかなうことである』と。田単にこの善行があり、それを王がお褒めになれば、田単の善行はそのまま王御自身の善行にもなるのです」。王は「なるほど」と言い、田単に牛と酒を賜り、その行いを称えた。数日後、その真珠を貫く者が再び王のもとに現れて言った。「王は朝廷に出られた際、田単をお呼びになって庭先で会釈をお受けになり、口頭でねぎらいの言葉をおかけになるとよいでしょう。そのうえで、飢えと寒さに苦しむ民を捜し出して穀物を与えるようにとの命令を布告なさいませ」。そこで王が人を町の中に遣わして様子を聞かせたところ、男たちが互いに語り合うのが聞こえ、口々にこう言い合っていた。「田単は人を愛する人物だ。ああ、これもまた王の教化のおかげである」。

解説

田単は齊を燕の手から取り戻した最大の功労者でありながら、老人に自分の衣を貸すという些細な善行が、かえって主君である襄王の疑心を招いてしまう場面です。功績のある家臣に対する君主の猜疑心という普遍的なテーマが描かれており、真珠を貫く無名の職人が「善行を王御自身のものとして取り込む」という機転を提案し、田単と襄王の関係を破局から救いました。背景には、燕への大勝利によって田単の声望が王をしのぐほどに高まっていた政治状況があります。功臣の善行を臣下個人の手柄として放置せず、君主の徳として物語り直すという処世術は、現代の組織においても、部下の功績を認めつつ組織全体の評価に結びつける上司の振る舞い方として示唆に富みます。

この章句が説くこと

田単襄王猜疑心功臣処世術

関連する章句

この一句を、あなたの毎日に。

古典の教えを、今の状況に当てはめて考えてみる——師導があなたの学びと選択を支えます。

師導で古典を学ぶ
いま登録すると、7日間すべての機能を無料でお試しいただけます。 無料ではじめる