葉隠 / 聞書第二
貴人、老人などの前にて、左右なく學問かた、道德の事、昔話等遠慮すべし。聞きにくし。聞きにくく
新字:貴人、老人などの前にて、左右なく学問かた、道徳の事、昔話等遠慮すべし。聞きにくし。聞きにくく
書き下し
貴人、老人などの前にて、左右(とかく)なく学問かた、道徳の事、昔話等遠慮すべし。聞きにくし。聞きにくく。
現代語訳
身分の高い人や年長者の前では、むやみに学問めいたことや道徳の話、昔話などを得意げに語るのは慎むべきだ。聞き苦しいものだ。まことに聞き苦しい。
解説
目上の人や年長者の前で、学識や道徳論、昔話を得意げに披露するのは慎めという、処世の心得です。たとえ内容が正しくとも、場をわきまえない知ったかぶりは、聞く側に耳障りで、かえって品位を下げてしまう、というのです。短い条ながら、謙虚さと場の感覚の大切さを鋭く突いています。現代でも、経験や知識の豊富な相手の前で、にわか仕込みの知識を披露して失笑を買う場面はよくあります。知っていることを語るより、まず相手を立てて聞き手にまわる方が、結局は信頼を得やすい。慎みと謙譲が身を助けるという、時代を超えた助言です。
この章句が説くこと
葉隠謙虚処世術場をわきまえる知ったかぶり慎み
関連する章句
-
孟子・滕文公章句下公孫丑問いて曰く、「諸侯を見ざるは、何の義ぞ。」孟子曰く、「古者は、臣為らざれば見ず。段干木は垣を踰えて之を辟け、泄柳は門を閉じて內れず。是れ皆已甚だし。迫らば斯に以て見る可し。陽貨、孔子を見んと欲して禮無しとせらるるを惡む。大夫、士に賜うこと有るに、其の家に受くること得ざれば、則ち往きて其の門に拜す。陽貨、孔子の亡きを矙(うかがう)いて、孔子に蒸豚を饋る。孔子も亦た其の亡きを矙いて、往きて之を拜せり。是の時に當り、陽貨先んぜり。豈に見ざるを得んや。曾子曰く、『肩を脅かし諂い笑うは、夏畦よりも病る。』子路曰く、『未だ同じからずして言う、其の色を觀るに、赧(タン)赧然たり。由の知る所に非ざるなり。』是に由りて之を觀れば、則ち君子養う所、知る可きのみ。」
-
戦国策・昭奚恤與彭城君議於王前昭奚恤と彭城君と王前に議す。王、江乙を召して問う。江乙曰わく、「二人の言皆善し。臣敢えて其の後を言わず。此れを賢を慮ると謂う。」
-
『韓非子』難二第三十七紂は其の大いに人心を得たるを以て之を悪む、己又地を軽んじて以て人心を収む、是れ重ねて疑はるるなり、
-
史記 魏公子列伝魏の公子無忌は、魏の昭王の少子にして魏の安釐王の異母弟なり。昭王薨じ、安釐王即位し、公子を封じて信陵君と為す。是の時、范睢魏を亡げて秦に相たり、魏斉を怨むの故を以て、秦の兵大梁を囲み、魏の華陽の下の軍を破り、芒卯を走らす。魏王及び公子これを患ふ。公子は人と為り仁にして士に下り、士は賢不肖と無く皆謙りて礼もてこれに交はり、敢へてその富貴を以て士に驕らず。士は此を以て方数千里争ひ往きてこれに帰し、食客三千人を致す。是の時に当たりて、諸侯は公子の賢にして客多きを以て、敢へて兵を加へて魏を謀らざること十余年。
-
『驢鞍橋』卷上夜話に曰く、今時の人すべを知らす、餓鬼畜生をさへ離れすして、二乗見解と云つて声聞縁覚をそしる人あり、あまり土な事なり。人は知らず、我は餓鬼畜生を離れす、誰ほしと云はば、おれほしと云はんずと也。因に人問ふ、日本諸宗の大師先徳に、古は大修行底の人有りや。師曰、知らぬ事なり、残されたる法語等を以て見れば、経文語録の格を以て書示されたると見えたり。実に修行强き人有りとも見えすと也。
-
『文武訓』文訓上之末一人は只、わが身をかへりみて、わが身のさかしおろかなると、才あるとつたなきとのほどを知りて、つねに人にへりくだり、わが身にほこるべからず。才智ありてもなくしても、わが身にほこりたかぶり、人をこのんで見くだし、又そしるは罪ふかし。いとおろかなりといふべし。

人生を、一行の式にしてみた。
志×積×時×憤÷(1+執)+命。古典から導いた式『人生の方程式』と、二十四の悩みに古典が答える『人生の教科書』(PDF)、師導の全機能1か月がセットで700円です。
本の中身を見る