戦国策 / 孟嘗君有舍人而弗悅
孟嘗君有舍人而弗悅,欲逐之。魯連謂孟嘗君曰:「猿獮猴錯木據水,則不若魚鱉;歷險乘危,則騏驥不如狐狸。曹沫之奮三尺之劍,一軍不能當;使曹沫釋其三尺之劍,而操銚鎒與農夫居壟畝之中,則不若農夫。故物舍其所長,之其所短,堯亦有所不及矣。今使人而不能,則謂之不肖;教人而不能,則謂之拙。拙則罷之,不肖則棄之,使人有棄逐,不相與處,而來害相報者,豈非世之立教首也哉!」孟嘗君曰:「善。」乃弗逐。
新字:孟嘗君有舎人而弗悦,欲逐之。魯連謂孟嘗君曰:「猿獮猴錯木拠水,則不若魚鱉;歴険乗危,則騏驥不如狐狸。曹沫之奮三尺之剣,一軍不能当;使曹沫釈其三尺之剣,而操銚鎒与農夫居壟畝之中,則不若農夫。故物舎其所長,之其所短,堯亦有所不及矣。今使人而不能,則謂之不肖;教人而不能,則謂之拙。拙則罷之,不肖則棄之,使人有棄逐,不相与処,而来害相報者,豈非世之立教首也哉!」孟嘗君曰:「善。」乃弗逐。
書き下し
孟嘗君舍人有りて悅ばず、之を逐はんと欲す。魯連孟嘗君に謂ひて曰く、「猿獮猴木を錯(お)き水に據らば、則ち魚鱉に若かず。險を歴(へ)危を乘らば、則ち騏驥狐狸に如かず。曹沫三尺の劍を奮ふや、一軍當る能はず。曹沫をして其の三尺の劍を釋(す)てて、銚鎒(ようどう)を操りて農夫と壟畝の中に居らしめば、則ち農夫に若かず。故に物其の長ずる所を舍てて、其の短なる所に之けば、堯も亦た及ばざる所有らん。今人をして能はざらしむれば、則ち之を不肖と謂ひ、人に教へて能はざれば、則ち之を拙と謂ふ。拙なれば則ち之を罷め、不肖なれば則ち之を棄つ、人をして棄逐せらるる有らしめ、相與に處らずして、來りて害を相ひ報ゆる者、豈に世の教を立つるの首に非ずや。」孟嘗君曰く、「善し。」乃ち逐はず。
現代語訳
孟嘗君に気に入らない食客がいて、追放しようとした。魯仲連は孟嘗君に言った。「猿や獮猴(手長猿)は木を離れて水に頼らせれば、魚や鼈にはかないません。険しい道を進み危険を冒すことになれば、駿馬も狐狸には及びません。曹沫が三尺の剣を振るえば、一軍もこれに当たることはできませんが、曹沫にその三尺の剣を捨てさせて、鋤鍬を持たせて農夫とともに畑にいさせれば、農夫にはかないません。だから、物事はその長所を捨てて短所の方に押しやれば、聖人の堯でさえかなわない場合があるのです。今、人にできないことをさせておいて『あの者は不肖だ』と言い、人に教えてもできなければ『あの者は不器用だ』と言う。不器用だからと辞めさせ、不肖だからと見捨てる。こうして人を見捨て追放し、共に過ごさせずに、後々恨みを買って害をもたらされるようになるとしたら、それこそ世の中の教えの根本に反することではありませんか。」孟嘗君は「よくわかった」と言い、その食客を追放しなかった。
解説

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説苑・政理子產、鄭に相たり。簡公、子產に謂いて曰く、「內政は出す毋かれ、外政は入る毋かれ。夫れ衣裘の美ならざる、車馬の飾らざる、子女の潔からざるは、寡人の醜なり。國家の治まらざる、封疆の正しからざるは、夫子の醜なり。」子產、鄭に相たり、簡公の身を終うるまで、內には國中の亂無く、外には諸侯の患無し。子產の政に從うや、能を擇びて之を使う。馮簡子は事を斷ずるに善く、子太叔は決するに善くして文あり、公孫揮は四國の為す所を知りて其の大夫の族姓を辨じ、變じて立ちどころに至り、又善く辭令を為す。裨諶は謀るに善く、野に於ては獲るも邑に於ては否らず。事有れば乃ち裨諶を載せて之と野に適き、謀りて可否を使め、告げて馮簡子をして之を斷ぜしめ、公孫揮をして之が辭令を為さしめ、成りて乃ち子太叔受けて之を行わしめ、以て賓客に應對す。是を以て鮮に敗事有り。
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『長短経』量才〔清節の徳は師氏の任なり。法家の材は司寇の任なり。術家の材は三孤の任なり。臧否の材は師氏の任なり。伎倆の材は司空の任なり。儒学の材は保氏の任なり。文章の材は国史の任なり。驍雄の材は将帥の任なり。〕
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説苑・雜言仲尼曰く、「其の地に非ずして之を樹うれば、生ぜざるなり。其の人に非ずして之に語れば、聴かざるなり。其の人を得れば、沙を聚めて之に雨降らすが如く、其の人に非ざれば、聾を聚めて之に鼓するが如し」と。
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『政談』官位爵祿の次第並に勳階頭助允目の事惣して役儀は其人の得手不得手ある事なり、不得手なる役に申付たるときは役儀の捌き宜しからさるなり、さるに依て之を替んとすれは席を上くるか下くるかせねは役替られぬなり、上かりの役に申付たるは立身になる、下かりの役に申付たるは、その人のいつくするもとより褒美歟、又は懲しめのためならは、あけてもよけんとも、只其人の得手なるむきに、換ゆるまてのことにて、別に褒美にても、懲しめにてもなきに、席を上け下けすること、詮もなきこと、又害も有なり、然れは同席の役をいくつも拵へ置く時は此の差支なきなり、されとも当時は席に名無く、唯〻此役の席と云ふことなる故、役と席とを別々にすへきやうなし、其上席に名を付け置さる故、混乱して、紛はしかるへし、
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『晏子春秋』問上・景公問古之蒞國者任人如何晏子對以人不同能景公、晏子に問いて曰く、「古の国に蒞み民を治むる者は、其の人に任ずること何如」と。晏子対えて曰く、「地は生を同じくせざるに、之に任ずるに一種を以てし、其の倶に生ぜんことを責むるも得可からず。人は能を同じくせざるに、之に任ずるに一事を以てし、遍く成さんことを責む可からず。責めて已む無く、智者も給する能わざる有り。求めて饜く無く、天地も贍す能わざる有り。故に明王の人に任ずるや、諂諛は左右に邇づかず、阿党は本朝に治せず。人の長に任じて、其の短を強いず。人の工に任じて、其の拙を強いず。此れ人に任ずるの大略なり」と。