戦国策 / 秦攻趙
秦攻趙。趙令樓緩以五城求講於秦,而與之伐齊。齊王恐,因使人以十城求講於秦。樓子恐,因以上黨二十四縣許秦王。趙足之齊,謂齊王曰:「王欲秦、趙之解乎?不如從合於趙,趙必倍秦。倍秦則齊無患矣。」
新字:秦攻趙。趙令楼緩以五城求講於秦,而与之伐斉。斉王恐,因使人以十城求講於秦。楼子恐,因以上党二十四県許秦王。趙足之斉,謂斉王曰:「王欲秦、趙之解乎?不如従合於趙,趙必倍秦。倍秦則斉無患矣。」
書き下し
秦、趙を攻む。趙、樓緩をして五城を以て秦に講を求めしめ、之と齊を伐たしむ。齊王恐れ、因りて人をして十城を以て秦に講を求めしむ。樓子恐れ、因りて上黨二十四縣を以て秦王に許す。趙足、齊に之き、齊王に謂ひて曰く、「王秦・趙の解けんことを欲するか。從を趙に合するに如かず、趙必ず秦に倍かん。秦に倍かば則ち齊患ひ無からん。」
現代語訳
秦が趙を攻めた。趙は楼緩を遣わして五つの城を差し出して秦と講和を求めさせ、そのまま秦とともに斉を攻めさせようとした。斉王は恐れ、人を遣わして十の城を差し出して秦と講和を求めた。楼子(楼緩)は斉に先んじられることを恐れ、上党の二十四県を秦王に約束した。趙足は斉へ行き、斉王に言った。「王は秦と趙の関係を解消させたいとお考えですか。それならば合従して趙と結ぶのに越したことはありません。そうすれば趙は必ず秦に背くでしょう。趙が秦に背けば、斉には憂いがなくなります。」
解説
秦の圧力を受けた趙が斉と結んで秦・斉の連携で自国を守ろうとしたところ、逆に斉が秦に接近し始めたため、趙は秦への接近を競うように領地を差し出す羽目になります。趙足はこの膠着状態を打開すべく、斉に対して「趙と手を組めば趙は必ず秦から離反する」と説き、斉自身の安全を確保する道を示します。同盟関係が疑心暗鬼によって連鎖的に崩れていく様子は、戦国期の外交がいかに脆く、互いの動きを読み合う神経戦であったかを物語ります。現代の交渉でも、相手が誰と手を組むかを見誤ると、思わぬ形で自国の立場が悪化しかねないという警戒感を教えてくれる一篇です。
この章句が説くこと
戦国策秦趙斉合従講和
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