戦国策 / 樓𠵦約秦魏
樓𠵦約秦、魏,魏太子為質,紛彊欲敗之。謂太后曰:「國與還者也,敗秦而利魏,魏必負之,負秦之日,太子為糞矣。」太后坐王而泣。王因疑於太子,令之留於酸棗。樓子患之。昭衍為周之梁,樓子告之。昭衍見梁王,梁王曰:「何聞?」曰:「聞秦且伐魏。」王曰:「為期與我約矣。」曰:「秦疑於王之約,以太子之留酸棗而不之秦。秦王之計曰:『魏不與我約,必攻我;我與其處而待之見攻,不如先伐之。』以秦彊折節而下與國,臣恐其害於東周。」
新字:楼𠵦約秦、魏,魏太子為質,紛彊欲敗之。謂太后曰:「国与還者也,敗秦而利魏,魏必負之,負秦之日,太子為糞矣。」太后坐王而泣。王因疑於太子,令之留於酸棗。楼子患之。昭衍為周之梁,楼子告之。昭衍見梁王,梁王曰:「何聞?」曰:「聞秦且伐魏。」王曰:「為期与我約矣。」曰:「秦疑於王之約,以太子之留酸棗而不之秦。秦王之計曰:『魏不与我約,必攻我;我与其処而待之見攻,不如先伐之。』以秦彊折節而下与国,臣恐其害於東周。」
書き下し
樓𠵦、秦・魏を約せしめ、魏の太子質と爲る。紛彊之を敗らんと欲す。太后に謂ひて曰く、「國の與に還る者なり。秦を敗りて魏を利するも、魏必ず之に負かん。秦に負く日、太子糞と爲らん。」太后王に坐して泣く。王因りて太子を疑ひ、之をして酸棗に留まらしむ。樓子之を患ふ。昭衍、周の爲に梁に使ひす。樓子之に告ぐ。昭衍梁王に見ゆ。梁王曰く、「何をか聞く。」曰く、「秦且に魏を伐たんとするを聞く。」王曰く、「期を爲して我と約せり。」曰く、「秦、王の約を疑ひ、太子の酸棗に留まりて秦に之かざるを以てなり。秦王の計に曰く、『魏我と約せずんば、必ず我を攻めん。我其の處るを與にして其の攻めらるるを待たんよりは、先んじて之を伐つに如かず』と。秦の彊を以て節を折りて與國に下る、臣恐らくは其れ東周を害せんことを。」
現代語訳
楼𠵦が秦と魏の同盟を取りまとめ、魏の太子が秦への人質となることになった。紛彊はこの同盟を壊そうと画策し、太后に言った。「国というものは、互いに助け合ってこそ成り立つものです。秦を敗れさせて魏に利をもたらしても、魏は必ず秦を裏切るでしょう。そして秦を裏切る日には、太子は無残な扱いを受けることになります。」太后は王のそばに座って泣いた。王はこれを聞いて太子を疑い、太子を酸棗に留めさせた。楼子はこれを憂慮した。ちょうど昭衍が東周の使いとして魏(梁)に赴くことになり、楼子はこの事情を昭衍に伝えた。昭衍は梁王に謁見した。梁王が「何か聞いているか」と尋ねると、昭衍は「秦が近く魏を討とうとしていると聞いております」と答えた。王は「秦とは期日を定めて約束を結んだはずだ」と言った。昭衍は言った。「秦は王の約束を疑っております。太子が酸棗に留まったまま秦に入らないためです。秦王はこう考えているでしょう。『魏がわが国と約束を守らないなら、必ずわが国を攻めてくるだろう。ならばこちらから先に討った方がよい』と。秦のような強国が礼を曲げてまで同盟国にへりくだっているのに、これを疑わせては、私は東周にも害が及ぶのではないかと恐れます。」
解説
この章句が説くこと
関連する章句
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戦国策・樓梧約秦魏楼梧、秦・魏を約し、将に秦王をして境に遇わしめんとす。魏王に謂いて曰く、「遇いて相無くんば、秦必ず相を置かん。之を聴かずんば則ち交わり秦に悪しく、之を聴かば則ち後、王の臣、将に皆諸侯の能く王の上に令する者に事うるを務めんとす。且つ秦に遇いて秦を相とする者は、是れ斉無きなり、秦必ず王の強きを軽んぜん。斉有る者は之を相とするに如かず、斉必ず喜び、是を以て雍有る者秦と遇わば、秦必ず王を重んぜん。」
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戦国策・秦楚攻魏圍皮氏秦・楚魏を攻め、皮氏を囲む。魏の為に楚王に謂いて曰く、「秦・楚魏に勝てば、魏王の恐るるや亡を見んとす、必ず秦に舎(やど)らん。王何ぞ秦に倍(そむ)きて魏王に与(くみ)せざる。魏王喜ばば、必ず太子を内(い)れん。秦楚を失うを恐れ、必ず城埊(じょうち)を王に効(いた)さん、王復た之と魏を攻むと雖も可なり」と。楚王曰く、「善し」と。乃ち秦に倍きて魏に与す。魏太子を楚に内る。秦恐れ、楚に城埊を許し、之を興して復た魏を攻めしめんと欲す。樗里疾怒り、魏と与に楚を攻めんと欲するも、魏の太子楚に在るを以て肯(うべな)わざらんことを恐る。疾の為に楚王に謂いて曰く、「外臣疾臣をして之に謁せしめて曰わく、『敝邑の王城埊を効さんと欲するも、魏の太子の尚お楚に在るを以て、是を以て未だ敢えてせず。王魏質を出だせば、臣請う之を効さん、而して復た秦・楚の交わりを固くして、以て疾魏を攻めん』と」と。楚王曰く、「諾」と。乃ち魏の太子を出だす。秦因りて魏に合して以て楚を攻む。
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戦国策・魏太子在楚魏の太子楚に在り、樓子に鄢陵に謂いて曰く、「公必ず且に齊・楚の合するを待たんとし、以て皮氏を救わんとす。今齊・楚の理、必ず合せざらん。彼の翟子の国に悪(にく)む所の者は、公無し。其の人皆齊・秦を合わせて楚を外にし以て公を軽んぜんと欲す。公必ず齊王に謂いて曰わん、『魏の兵を受くるは、秦実に首(はじ)めて之を伐つに非ざるなり、楚魏の王に事うるを悪みて、故に秦を勧めて魏を攻めしむ』と。齊王故(もと)より楚を伐たんと欲し、而して又其の己を善(よみ)せざるに怒り、必ず魏をして地を以て秦に聴かしめて和と為さしめん。張子の強きを以て、秦・韓の重き有り、齊王之を悪み、而して魏王敢えて拠らず。今齊・秦の重きを以て、楚を外にして公を軽んずれば、臣公の為に之を患う。之を鈞(ひと)しくして地を出だすに、秦に和を為すを以てするは、豈に楚に由るに若かんや。秦疾(と)く楚を攻めば、楚兵を還さん、魏王必ず懼れ、公因りて汾北を寄せて以て秦に予え和を為し、親を合わせて以て齊を孤にせば、秦・楚公を重んじ、公必ず相と為らん。臣意(おも)うに秦王と樗里疾との之を欲するや、臣請う公の為に之を説かん」と。乃ち樗里子に請いて曰く、「皮氏を攻むるは、此れ王の首事なり、而して拔く能わず、天下且に此を以て秦を軽んぜん。且つ皮氏有らば、以て韓・魏を攻むるに於いて、利なり」と。樗里子曰く、「吾已に魏に合せり、之を用うる所無し」と。対(こた)えて曰く、「臣願わくは鄙心を以て公に意(つ)げん、公以て罪と為すこと無かれ。皮氏有るは、国の大利なり、而して以て魏に与うるは、公終に自ら以て守る能わずと為す、故に以て魏に与う。今公の力守るに余り有り、何の故にして弗(これ)有たざる」と。樗里子曰く、「奈何(いかん)せん」と。曰く、「魏王の恃(たの)む所の者は、齊・楚なり。用うる所の者は、樓鼻・翟強なり。今齊王魏王に謂いて曰わん、『講攻を齊王の兵の辞とせんと欲するなり、是れ救わざるなり』と。楚王魏の樓子を用いずして、翟強をして和を為さしむるに怒り、怨顏已に之を絶てり。魏王の懼るるや亡を見んとし、翟強齊・秦を合わせて楚を外にし、以て樓鼻を軽んぜんと欲す。樓鼻秦・楚を合わせて齊を外にし、以て翟強を軽んぜんと欲す。公は魏の和を按じて、人をして樓子に謂わしめて曰わしむるに如かず、『子能く汾北を以て我に与えんか。請う楚に合して齊を外にし、以て公を重んぜん、此れ吾が事なり』と。樓子と楚王必ず疾(と)くせん。又翟子に謂いて曰わしめよ、『子能く汾北を以て我に与えんか。必ず齊に合して楚を外にし、以て公を重んぜん』と。翟強と齊王必ず疾くせん。是れ公外に齊・楚を得て以て用と為し、内に樓鼻・翟強を得て以て佐と為さば、何の故にして河東に地有る能わざらんや」と。
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戦国策・秦攻魏急秦、魏を攻むること急なり。或るひと魏王に謂いて曰く、「之を棄つるは之を用うるの易きに如かず、之に死するは之を棄つるの易きに如かず。之を棄つること能いて之を用うること能わず、之に死すること能いて之を棄つること能わざるは、此れ人の大過なり。今、王地を亡うこと数百里、城を亡うこと数十、而して国患解けず、是れ王之を棄つるにして、之を用うるに非ざるなり。今、秦の強きや、天下敵無く、而して魏の弱きや甚だし、而るに王是を以て秦に質す、王又た死すること能いて之を棄つること能わず、此れ重過なり。今、王能く臣の計を用いば、地を虧くも国を傷つくるに足らず、体を卑くするも身を苦しむるに足らず、患を解きて怨みに報いん。秦、四境の内より、執法以下、長輓に至る者まで、故に畢く曰く、『嫪氏に与せんか、呂氏に与せんか』と。門閭の下、廊廟の上に至ると雖も、猶お之くのごとし。今、王地を割きて以て秦に賂い、以て嫪毐の功と為し、体を卑くして秦を尊び、以て嫪毐に因る。王国を以て嫪毐を贊くれば、嫪毐を以て勝てり。王国を以て嫪氏を贊くれば、太后の王を徳とするや、骨髄より深く、王の交わり最も天下の上と為らん。秦・魏百たび相交わり、百たび相欺く。今、嫪氏の秦に善くするに由りて交わり天下の上と為らば、天下孰か呂氏を棄てて嫪氏に従わざらんや。天下必ず呂氏を合して嫪氏に従わば、則ち王の怨み報いられん。」
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戦国策・秦攻趙秦、趙を攻む。趙、樓緩をして五城を以て秦に講を求めしめ、之と齊を伐たしむ。齊王恐れ、因りて人をして十城を以て秦に講を求めしむ。樓子恐れ、因りて上黨二十四縣を以て秦王に許す。趙足、齊に之き、齊王に謂ひて曰く、「王秦・趙の解けんことを欲するか。從を趙に合するに如かず、趙必ず秦に倍かん。秦に倍かば則ち齊患ひ無からん。」
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戦国策・魏秦伐楚魏、秦楚を伐つに、魏王欲せず。楼緩、魏王に謂いて曰く、「王秦と与に楚を攻めずんば、楚且に秦と与に王を攻めんとす。王は秦・楚をして戦わしめ、王交々之を制するに如かざるなり。」