戦国策 / 獻則謂公孫消
獻則謂公孫消曰:「公,大臣之尊者也,數伐有功。所以不為相者,太后不善公也。辛戎者,太后之所親也。今亡於楚,在東周。公何不以秦、楚之重,資而相之於周乎?楚必便之矣。是辛戎有秦、楚之重,太后必悅公,公相必矣。」
新字:献則謂公孫消曰:「公,大臣之尊者也,数伐有功。所以不為相者,太后不善公也。辛戎者,太后之所親也。今亡於楚,在東周。公何不以秦、楚之重,資而相之於周乎?楚必便之矣。是辛戎有秦、楚之重,太后必悦公,公相必矣。」
書き下し
獻則、公孫消に謂ひて曰く、「公は大臣の尊き者なり、數たび伐ちて功有り。相と爲らざる所以の者は、太后の公を善くせざればなり。辛戎なる者は、太后の親しむ所なり。今楚に亡げて、東周に在り。公何ぞ秦・楚の重きを以て、資けて之を周に相たらしめざるや。楚必ず之を便とせん。是れ辛戎、秦・楚の重き有らば、太后必ず公を悅び、公の相たること必ならん。」
現代語訳
献則が公孫消に言った。「あなたは大臣の中でも高位の方で、たびたび軍を率いて功績を挙げてきました。それでも宰相になれないのは、太后があなたを快く思っていないからです。辛戎という人物は太后が親しくしている者ですが、今は楚に亡命して東周にいます。あなたはなぜ秦と楚両国の権勢を使って、彼が東周で宰相となれるよう後押ししないのですか。楚もきっとそれを都合よく思うでしょう。こうして辛戎が秦・楚の後ろ盾を得れば、太后は必ずあなたを喜び、あなたの宰相就任も間違いないものとなるでしょう。」
解説
本篇は、実力も功績もありながら太后の不興を買って宰相になれない公孫消に対し、献則が迂回策を提案する短い逸話です。太后が気に入っている辛戎という人物を、秦・楚の後ろ盾で東周の宰相に押し上げてやれば、太后の歓心を買い、結果的に自分自身の宰相就任にもつながるという、いわば「他人を立てて自分を利する」戦略です。人事の決定権が君主個人の好悪に左右される戦国期の宮廷政治の実態がうかがえます。現代の組織でも、決裁者の信頼する人物を後押しすることが回り道のようで実は近道になる場合があり、直接的な自己主張だけが人を動かす手段ではないことを示す例として読めます。

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公孫消太后人事辛戎間接策
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