戦国策 / 五國罷成睪
五國罷成睪,秦王欲為成陽君求相韓、魏,韓、魏弗聽。秦太后為魏冉謂秦王曰:「成陽君以王之故,窮而居於齊,今王見其達而收之,亦能翕其心乎?」王曰:「未也。」太后曰:「窮而不收,達而報之,恐不為王用;且收成陽君,失韓、魏之道也。」
新字:五国罷成睪,秦王欲為成陽君求相韓、魏,韓、魏弗聴。秦太后為魏冉謂秦王曰:「成陽君以王之故,窮而居於斉,今王見其達而収之,亦能翕其心乎?」王曰:「未也。」太后曰:「窮而不収,達而報之,恐不為王用;且収成陽君,失韓、魏之道也。」
書き下し
五國成睪を罷め、秦王成陽君の爲に韓・魏に相たらんことを求めんと欲するも、韓・魏聽かず。秦の太后魏冉の爲に秦王に謂ひて曰く、「成陽君王の故を以て、窮して齊に居る。今王其の達するを見て之を收む、亦た其の心を翕(あつ)むる能はんか。」王曰く、「未だし。」太后曰く、「窮して收めず、達して之に報ゆれば、恐らくは王の爲に用ゐられず。且つ成陽君を收むるは、韓・魏の道を失ふなり。」
現代語訳
五国が成睪での戦いをやめると、秦王は成陽君を韓・魏の宰相にしようとしたが、韓・魏はこれを聞き入れなかった。秦の太后が魏冉のために秦王に言った。「成陽君は王のために困窮して斉に身を寄せていました。今、王は彼が栄達したのを見てこれを取り立てようとしていますが、それで彼の心を本当につなぎとめられるでしょうか。」王は「まだわからない」と答えた。太后は言った。「困窮していたときに助けず、栄達してから報いようとしても、恐らく王のために働いてはくれないでしょう。それに成陽君を取り立てることは、韓・魏の信頼を失う道でもあります。」
解説
秦の太后が魏冉のために、秦王が成陽君を韓・魏の宰相に据えようとする人事案に異を唱えた場面です。困窮していた時期に助けなかった者を、栄達してから利用しようとしても真の忠誠は得られないという人間観察が根底にあり、あわせて韓・魏がそもそも成陽君を拒んでいる以上、これを強行すれば両国との信頼関係も損なうと指摘しています。人材登用のタイミングと相手の心情、そして周囲との関係という複数の要素を踏まえた判断であり、恩義は困っているときにこそ示すべきだという普遍的な人事の教訓を含んでいます。
この章句が説くこと
秦太后魏冉成陽君人事信頼
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