戦国策 / 魏謂魏冉
魏謂魏冉曰:「公聞東方之語乎?」曰:「弗聞也。」曰:「辛、張陽、毋澤說魏王、薛公、公叔也,曰:『臣戰,載主契國以與王約,必無患矣。若有敗之者,臣請挈領。然而臣有患也。夫楚王之以其臣請挈領然而臣有患也。夫楚王之以其國依冉也,而事臣之主,此臣之甚患也。』今公東而因言於楚,是令張儀之言為禹,而務敗公之事也。公不如反公國,德楚而觀薛公之為公也。觀三國之所求於秦而不能得者,請以號三國以自信也。觀張儀與澤之所不能得於薛公者也,而公請之以自重也。」
新字:魏謂魏冉曰:「公聞東方之語乎?」曰:「弗聞也。」曰:「辛、張陽、毋沢説魏王、薛公、公叔也,曰:『臣戦,載主契国以与王約,必無患矣。若有敗之者,臣請挈領。然而臣有患也。夫楚王之以其臣請挈領然而臣有患也。夫楚王之以其国依冉也,而事臣之主,此臣之甚患也。』今公東而因言於楚,是令張儀之言為禹,而務敗公之事也。公不如反公国,徳楚而観薛公之為公也。観三国之所求於秦而不能得者,請以号三国以自信也。観張儀与沢之所不能得於薛公者也,而公請之以自重也。」
書き下し
魏、魏冉に謂ひて曰く、「公東方の語を聞くか。」曰く、「聞かざるなり。」曰く、「辛・張陽・毋澤、魏王・薛公・公叔を說きて曰く、『臣戰ひ、主を載せ國を契りて以て王と約せば、必ず患ひ無からん。若し之を敗る者有らば、臣請ふ領を挈(ひ)かん。然れども臣患ひ有り。夫れ楚王の其の國を以て冉に依らしめ、而して臣が主に事へしむ、此れ臣の甚だ患ふる所なり。』と。今公東して因りて楚に言はば、是れ張儀の言をして禹為らしめ、務めて公の事を敗るなり。公は公國に反りて楚に德し、薛公の公の為にするを觀るに如かず。三國の秦に求めて得る能はざる所を觀て、請ふ三國を號して以て自ら信ぜしめん。張儀と澤との薛公に得る能はざる所を觀て、公請ふ之を以て自ら重んぜん。」
現代語訳
魏の人が魏冉に言った。「あなたは東方の噂を聞いていますか。」魏冉は「聞いていない」と答えた。魏の人は言った。「辛・張陽・毋澤が魏王・薛公・公叔を説いてこう言っています。『私たちが戦い、主君を担いで国を挙げて王と盟約すれば、必ず心配はいらない。もしこれを破る者があれば、私はこの首を差し出そう。しかし私には心配なことがある。それは楚王がその国を魏冉に頼らせ、私の主君に仕えさせようとしていることで、これが最も心配なのだ。』と。今あなたが東方へ出て楚に働きかければ、それは張儀の言葉を正しいものにしてしまい、あなたの事業をわざわざ失敗させるようなものです。あなたは自国(秦)に立ち返って楚に恩を売り、薛公があなたのためにどう動くかを見極めるのがよいでしょう。三国(魏・韓・趙など)が秦に求めても得られないことを見て、三国に号令して自らへの信頼を確かなものにすべきです。張儀と毋澤が薛公から得られなかったことを見て、あなたはそれを求めることで自らの重みを増すべきです。」
解説

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