戦国策 / 秦二・宜陽之役馮章謂秦王
宜陽之役,馮章謂秦王曰:「不拔宜陽,韓、楚乘吾弊,國必危矣!不如許楚漢中以懽之。楚懽而不進,韓必孤,無奈秦何矣!」王曰:「善。」果使馮章許楚漢中,而拔宜陽。楚王以其言責漢中於馮章,馮章謂秦王曰:「王遂亡臣,固謂楚王曰:『寡人固無地而許楚王。』」
新字:宜陽之役,馮章謂秦王曰:「不抜宜陽,韓、楚乗吾弊,国必危矣!不如許楚漢中以懽之。楚懽而不進,韓必孤,無奈秦何矣!」王曰:「善。」果使馮章許楚漢中,而抜宜陽。楚王以其言責漢中於馮章,馮章謂秦王曰:「王遂亡臣,固謂楚王曰:『寡人固無地而許楚王。』」
書き下し
宜陽の役、馮章秦王に謂いて曰わく、「宜陽を拔かずして、韓・楚吾が弊に乘ぜば、國必ず危うし。楚に漢中を許して以て之を懽ばしむるに如かず。楚懽びて進まざれば、韓必ず孤ならん、秦を奈何ともする無し。」王曰わく、「善し。」果たして馮章をして楚に漢中を許さしめて、宜陽を拔く。楚王其の言を以て漢中を馮章に責む。馮章秦王に謂いて曰わく、「王遂に臣を亡ぼせ、固より楚王に謂いて曰え、『寡人固より地無くして楚王に許せり』と。」
現代語訳
宜陽攻めの戦役の最中、馮章は秦王に言った。「宜陽を陥落させられないまま、韓と楚が我が方の疲弊に乗じてくれば、国は必ず危うくなります。楚に漢中の地を譲ると約束してこれを喜ばせるのが得策です。楚が喜んで進軍を控えれば、韓は必ず孤立し、もはや秦にどうすることもできなくなるでしょう。」王は言った。「よかろう。」果たして馮章に楚へ漢中を与えると約束させ、その間に宜陽を陥落させた。楚王はその約束の言葉をもとに、馮章に漢中を引き渡すよう求めた。馮章は秦王に言った。「王はいっそ私を見捨ててください。もとよりこう楚王に申し上げるつもりでおりました。『私は元来、土地など持っておりませんのに、勝手に楚王に約束してしまったのです』と。」
解説
宜陽攻略が長引き苦戦する中、馮章は楚を懐柔するために漢中の地を与えると約束させ、韓と楚の連携を分断することで宜陽の陥落に成功させました。しかし戦役が終わると、その約束はあっさり反故にされ、馮章自身が「自分には土地を約束する権限などなかった」と楚王に釈明する破目になります。目先の危機を乗り切るための方便として交わされた約束が、達成後には都合よく反故にされるという、外交における信義と実利のせめぎ合いを端的に示す逸話です。目的を達成すれば約束を守らないという振る舞いは短期的には効果を上げても、相手からの信用を損ない、次の交渉を難しくする代償を伴います。現代の交渉においても、目先の危機打開のためについた方便は、長期的な信頼関係を犠牲にする可能性があることを心に留めておく必要があります。
この章句が説くこと
馮章宜陽漢中楚信義
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