戦国策 / 謂齊王
謂齊王曰:「王何不以地齎周最以為太子也。」齊王令司馬悍以賂進周最於周。左尚謂司馬悍曰:「周不聽,是公之知困而交絕於周也。公不如謂周君曰:『何欲置?令人微告悍,悍請令王進之以地。』」左尚以此得事。
新字:謂斉王曰:「王何不以地齎周最以為太子也。」斉王令司馬悍以賂進周最於周。左尚謂司馬悍曰:「周不聴,是公之知困而交絶於周也。公不如謂周君曰:『何欲置?令人微告悍,悍請令王進之以地。』」左尚以此得事。
書き下し
齊王に謂ひて曰く、「王何ぞ地を以て周最に齎して以て太子と為さざる」と。齊王司馬悍をして賂を以て周最を周に進めしむ。左尚司馬悍に謂ひて曰く、「周聴かずんば、是れ公の知困しみて交周に絶えんとするなり。公周君に謂ひて曰くに如かず、『何をか置かんと欲する、人をして微かに悍に告げしめよ、悍王をしてこれを地を以て進めしめんことを請はん』と」と。左尚此を以て事を得たり。
現代語訳
ある人が齊王に説いた。「王はなぜ領地を周最に贈って太子に立てさせないのですか」。齊王は司馬悍に贈り物を持たせて周最を周(の太子の座)に推薦させた。左尚は司馬悍に説いた。「もし周が聞き入れなければ、あなたの知恵が行き詰まり、周との交わりが絶えてしまうことになります。あなたはむしろ周君にこう伝えるべきです。『どなたを(太子に)立てたいとお考えですか。人を遣わしてひそかに私(悍)にお教えください。私が王に領地をもってその方を推薦するよう申し上げましょう』と」。左尚はこの助言によって事を成し遂げた。
解説
本話は、齊が周最を周の太子に推す工作を進める中で、左尚が使者司馬悍に交渉の進め方を助言した逸話です。左尚は、あらかじめ特定の人物(周最)を太子にと決めつけて押し付けるのではなく、まず周君自身の意向を確認する形を取ることで、拒絶されて交渉決裂に陥るリスクを避けるべきだと説きました。相手に選択の余地を残しつつ自分の望む結論に誘導するという交渉姿勢は、一方的な押し付けが反発を招きやすいのに対し、相手の意向を尋ねる体裁を取ることで受け入れられやすくなるという、対人交渉における基本的な配慮を示しています。東周編の類話(謂周最曰魏王以國與先生等)とも通じる、周の後継者問題をめぐる大国の介入パターンの一つです。
この章句が説くこと
斉王周最司馬悍左尚太子
関連する章句
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戦国策・謂周最曰魏王以國與先生周最に謂ひて曰く、「魏王国を以て先生に与ふるは、貴きこと秦に合して齊を伐つに於いてなり。薛公故主なるも、軽く其の薛を忘れ、其の先君の丘墓を顧みず、而して公獨り虛信を脩めて茂行と為し、群臣の故主に拠るを明らかにし、齊を伐つに与せざる者は、忿を強秦に産すを以てす、不可なり。公薛公に謂ふに如かず、王に曰く、『請ふ王の為に齊に入らん、天下齊を傷つくる能はず。而して変有らば、臣請ふこれを救はん。変無くんば、王遂にこれを伐て。且つ臣齊の奴たり、王の天下に交はるを累はすが如きは、不可なり。王臣の為に賜厚し、臣齊に入らば、則ち王もまた齊の累無し』と」と。
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戦国策・為周最謂魏王周最の為に魏王に謂ひて曰く、「秦趙の齊と戦ふことを難しとするを知り、将に齊・趙の合するを恐れんとし、必ず陰にこれを勁くせん。趙敢へて戦はず、秦の己を収めざるを恐れ、先んじて齊に合せん。秦・趙齊を争ひて、王人焉に無くんば、不可なり。王周最を去りて、合して齊を収むるに、兵の急なるを以てすれば則ち齊を伐つ、事に因る無きなり」と。
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戦国策・周最謂石禮周最石禮に謂ひて曰く、「子何ぞ秦を以て齊を攻めざる。臣請ふ齊をして子を相たらしめん、子齊を以て秦に事へば、必ず処る無からん。子因りて周最をして魏に居りて以てこれを共にせしめよ、是れ天下子に制せらるるなり。子東のかた齊に重んぜられ、西のかた秦に貴ばれ、秦・齊合すれば、則ち子常に重んぜられん」と。
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戦国策・周共太子死周の共太子死す、五庶子有り、皆これを愛し、適立つる無し。司馬翦楚王に謂ひて曰く、「何ぞ公子咎を封じて、これが為に太子を請はざる」と。左成司馬翦に謂ひて曰く、「周君聴かずんば、是れ公の知困しみて交周に絶えんとするなり。周君に謂ひて曰くに如かず、『孰をか立てんと欲する、微かに翦に告げよ、翦今楚王をしてこれを地を以て資たしめん』と。公若し太子と為らんことを欲せば、因りて人をして相国御展子・廧夫空に謂はしめて曰く、『王類ひ若をしてこれを為さしめんと欲す、此れ健士なり、中に居りて相国に便ならず』と」と。相国これをして太子と為さしむ。
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戦国策・周君之秦周君秦に之く。周最に謂ひて曰く、「秦王の孝を誉むるに如かず、因りて応を以て太后の養地と為す。秦王、太后必ず喜ばん、是れ公秦を有つなり。交善ければ、周君必ず以て公の功と為さん。交悪ければ、周君をして秦に入らしめし者、必ず罪有らん」と。
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戦国策・齊令周最使鄭齊、周最をして鄭に使いせしめ、韓擾を立てて公叔を廢せしむ。周最之を患いて曰く、「公叔の周君と交わるや、我をして鄭に使いせしめ、韓擾を立てて公叔を廢せしむ。語に曰く、『室に怒りて色を市に』と。今公叔齊を怨むも、柰何ともする無く、必ず周君にして深く我を怨まん。」史舍曰く、「公行け、請う公叔をして必ず公を重んぜしめん。」周最行きて鄭に至るや、公叔大いに怒る。史舍入りて見えて曰く、「周最固より來使を欲せず、臣竊かに之を強いたり。周最來るを欲せざるは、公の為なり。臣の之を強いたるも、亦公の為なり。」公叔曰く、「請う其の說を聞かん。」對えて曰く、「齊の大夫諸子に犬有り、犬猛くして叱る可からず、之を叱れば必ず人を噬まん。客に之を叱らんと請う者有り、疾視して徐ろに之を叱るに、犬動かず。復た之を叱れば、犬遂に人を噬むの心無し。今周最固より足下に事うるを得たれど、已むを得ざるの故を以て來使す。彼將に禮もて其の辭を陳べ、其の言を緩くせんとす。鄭王必ず齊王を以て急ならずと為し、必ず許さざらん。今周最來らざれば、他人必ず來らん。來る使者公に交わり無くして、韓擾に德あらしめんと欲せば、其の之を使わすや必ず疾く、之を言うや必ず急なれば、則ち鄭王必ず之を許さん。」公叔曰く、「善し。」遂に周最を重んず。王果たして韓擾を許さず。