戦国策 / 石行秦謂大梁造
石行秦謂大梁造曰:「欲決霸王之名,不如備兩周辯知之士。」謂周君曰:「君不如令辯知之士,為君爭於秦。」
新字:石行秦謂大梁造曰:「欲決覇王之名,不如備両周弁知之士。」謂周君曰:「君不如令弁知之士,為君争於秦。」
書き下し
石行秦大梁造に謂ひて曰く、「霸王の名を決せんと欲せば、兩周の辯知の士を備ふるに如かず」と。周君に謂ひて曰く、「君辯知の士をして、君の為に秦に争はしむるに如かず」と。
現代語訳
石行秦は大梁造(魏の官職者)に説いた。「覇王の名声を決したいのであれば、東西両周の弁の立つ知恵者を味方につけておくのが得策です」。そして周君にも説いた。「あなたも弁の立つ知恵者を用いて、あなたのために秦と渡り合わせるのがよいでしょう」。
解説
本話はごく短い断片ですが、周という小国が持つ最大の資産が軍事力ではなく「弁知の士」=優れた弁論家・知恵者であったことを端的に示しています。石行秦は魏に対しては周の人材を確保する価値を説き、周に対しては自ら優れた弁士を用いて大国と渡り合うよう勧めており、いずれも「言葉の力」を国家の存立戦略の中心に据える戦国期の外交観をよく表しています。領土や兵力で劣る小国が生き残るには、有能な人材(特に交渉力のある人材)の確保と活用が死活的に重要であるという発想は、資源に乏しい組織が知恵と人材で活路を開くという普遍的な教訓としても読めます。
この章句が説くこと
石行秦大梁造周君弁知の士人材
関連する章句
-
論語・雍也篇子游、武城の宰と為る。子曰く、「女、人を得たるか。」曰く、「澹台滅明なる者有り。行くに径に由らず。公事に非ざれば、未だ嘗て偃の室に至らざるなり。」
-
論語・泰伯篇舜に臣五人有りて、天下治まる。武王曰く、「予に乱臣十人有り。」孔子曰く、「『才難し』とは、其れ然らずや。唐虞の際、斯に於いて盛んなりと為す。婦人有り、九人のみ。天下を三分して其の二を有ち、以て殷に服事す。周の徳は、其れ至徳と謂う可きのみ。」
-
孫子・作戦篇其の戦を用うるや、勝つを貴ぶ。久しければ則ち兵を鈍らせ鋭を挫き、城を攻むれば則ち力屈し、久しく師を暴せば則ち国用足らず。
-
尉繚子・武議良馬も策有れば、遠道致すべし。賢士も合有れば、大道明らかにすべし。
-
『韓非子』難二第三十七桓公曰く、「吾聞く、人に君たる者は人を索むるに労し、人を使うに佚すと。吾仲父を得ること已に難し。仲父を得るの後、何為れぞ易からざらんや。」
-
論語・衛霊公篇子曰く、君子は小知す可からずして、大受す可きなり。小人は大受す可からずして、小知す可きなり。