戦国策 / 昭獻在陽翟
昭獻在陽翟,周君將令相國往,相國將不欲。蘇厲為之謂周君曰:「楚王與魏王遇也,主君令陳封之楚,令向公之魏。楚、韓之遇也,主君令許公之楚,令向公之韓。今昭獻非人主也,而主君令相國往;若其王在陽翟,主君將令誰往?」周君曰:「善。」乃止其行。
新字:昭献在陽翟,周君将令相国往,相国将不欲。蘇厲為之謂周君曰:「楚王与魏王遇也,主君令陳封之楚,令向公之魏。楚、韓之遇也,主君令許公之楚,令向公之韓。今昭献非人主也,而主君令相国往;若其王在陽翟,主君将令誰往?」周君曰:「善。」乃止其行。
書き下し
昭獻陽翟に在り、周君将に相国をして往かしめんとす、相国将に欲せざらんとす。蘇厲之が為に周君に謂ひて曰く、「楚王と魏王と遇するや、主君陳封をして楚に之かしめ、向公をして魏に之かしむ。楚・韓の遇するや、主君許公をして楚に之かしめ、向公をして韓に之かしむ。今昭獻人主に非ざるに、主君相国をして往かしむ。若し其の王陽翟に在らば、主君将に誰をか往かしめん」と。周君曰く、「善し」と。乃ち其の行を止む。
現代語訳
昭獻が陽翟にいるとき、周君は相国を行かせようとしたが、相国はそれを望まなかった。蘇厲は相国のために周君に説いた。「楚王と魏王が会見したときには、主君は陳封を楚に、向公を魏に遣わされました。楚と韓が会見したときには、主君は許公を楚に、向公を韓に遣わされました。ところが今、昭獻は一国の君主でもないのに、主君は相国を遣わそうとなさっています。もしその王自身が陽翟にいらしたら、主君は一体誰を遣わすおつもりでしょうか」。周君は「もっともだ」と言い、相国を行かせるのをやめた。
解説
本話は、使者の格付けという儀礼上の問題を通じて、相国自身が行きたくない使いを断らせた説得の例です。蘇厲は、過去の外交儀礼における使者の序列(王には誰、臣下には誰を遣わしたか)を並べて示し、「一国の君主でもない昭獻に相国という最高位の臣を遣わせば、本物の王が来たときに遣わす者がいなくなる」という論理の一貫性を突いて周君を翻意させました。前例と序列を持ち出して「この対応では将来つじつまが合わなくなる」と指摘する説得法は、組織内で過剰な対応を控えさせたいときに今も通用する論法です。相国自身の意向を代弁しつつ、表向きは儀礼の整合性を理由にしている点も、直接の利害を隠して説得する遊説家らしい手法といえます。
この章句が説くこと
昭献蘇厲周君相国使者の格
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