戦国策 / 三國隘秦
三國隘秦,周令其相之秦,以秦之輕也,留其行。有人謂相國曰:「秦之輕重,未可知也。秦欲知三國之情,公不如遂見秦王曰:『請謂王聽東方之處。』秦必重公。是公重周,重周以取秦也。齊重故有周,而已取齊,是周常不失重國之交也。」
新字:三国隘秦,周令其相之秦,以秦之軽也,留其行。有人謂相国曰:「秦之軽重,未可知也。秦欲知三国之情,公不如遂見秦王曰:『請謂王聴東方之処。』秦必重公。是公重周,重周以取秦也。斉重故有周,而已取斉,是周常不失重国之交也。」
書き下し
三国秦を隘む、周其の相をして秦に之かしめ、秦の軽んずるを以て、其の行を留む。人有りて相国に謂ひて曰く、「秦の軽重は未だ知るべからざるなり。秦三国の情を知らんと欲す、公遂に秦王に見えて曰くに如かず、『請ふ王の為に東方の処を聴かん』と。秦必ず公を重んぜん。是れ公周を重んずるなり、周を重んじて以て秦を取るなり。齊重んずるが故に周有り、而して已に齊を取る、是れ周常に重国の交を失はざるなり」と。
現代語訳
三国(韓・魏・趙など)が秦を苦しめていた。周はその宰相を秦に遣わそうとしたが、秦が軽んじられている(形勢が悪い)と見て、その出発を差し控えさせた。ある人が周の相国に説いた。「秦の情勢の軽重は、まだ確かなことはわかりません。秦は三国の内情を知りたがっているはずです。あなたはむしろ秦王に会って、こう申し上げるべきです。『王のために東方(三国)の動静をお聞かせしましょう』と。秦は必ずあなたを重んじるでしょう。それはあなたが周を重んじることにもなり、周を重んじることによって秦の信頼をも得ることになります。齊が周を重んじたからこそ周に価値があり、そしてすでに齊の信頼も得ています。こうすれば周は常に大国との交わりを失わずに済むのです」。
解説
本話は、情勢が不利と見て及び腰になった周の相国に対し、むしろ積極的に秦に接近すべきだと説いた逸話です。話者は、秦が三国の内情を知りたがっているという情報上のニーズに着目し、周がその「情報の仲介者」として秦に取り入ることで、単に軍事的な弱者として軽んじられるのではなく、むしろ重んじられる存在になれると説きました。形勢が悪いからと接触を避けるのではなく、相手が欲している情報や機能を提供することで自らの価値を高めるという発想は、力の劣る立場にある者が大国・大組織との関係で存在感を確保するための知恵として読み取れます。
この章句が説くこと
三国秦周相国情報
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