戦国策 / 東周與西周戰
東周與西周戰,韓救西周。為東周謂韓王曰:「西周者,故天子之國也,多名器重寶。案兵而勿出,可以德東周,西周之寶可盡矣。」
新字:東周与西周戦,韓救西周。為東周謂韓王曰:「西周者,故天子之国也,多名器重宝。案兵而勿出,可以徳東周,西周之宝可尽矣。」
書き下し
東周と西周と戦ふ。韓西周を救ふ。東周の為に韓王に謂ひて曰く、「西周は故天子の国なり、名器重寶多し。兵を案じて出だす勿くんば、以て東周に徳とすべく、西周の寶尽くすべし」と。
現代語訳
東周と西周が戦った。韓は西周を救援しようとした。ある者が東周のために韓王に説いた。「西周はもと天子の国であり、貴重な器物や宝物が多く蔵されています。軍を控えて出動させなければ、東周に恩を売ることができ、しかも西周の宝はいずれ尽きて手に入るでしょう」。
解説
本話は、韓に対して「動かないことの利益」を説いた短い遊説の記録です。西周を救援せず傍観すれば、恩を売る相手(東周)と、いずれ疲弊して宝を手放すであろう相手(西周)の双方から利益を得られると説き、韓の軍事介入そのものを止めさせようとしています。介入しないという選択も立派な戦略であり、当事者双方を天秤にかけて「静観する得」を計算する発想は、対立に巻き込まれた第三者が損得を見極める際の一つの視点を示しています。ただし、こうした計算高い不介入は、信義よりも利害を優先する戦国期特有の冷徹さの表れでもあり、無条件に模範とすべきものではありません。
この章句が説くこと
東周西周韓不介入遊説
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