斉家論 / 下
先名聞利欲を離るべし、然れども柔弱にてははなれがたく、名利のこゝろは發るべし、發るとも一生行はざれば、扠も正直者なりと、天下の人よろこぶべし、天下の人に悅ばるゝほど、目出たきことはあるまじと思へり、いかん、○或人曰、正直者といはるゝは、誰も望む所也、しかれども、借方を濟す事はいかゞすべき、○答、汝世間の者によろこばるゝは、誰も望む所といふ、喜ばるゝが望みならば、家財殘らず賣拂ひ、赤裸になり、借金を濟さるべし、ことごとく濟されなば、今の世にたぐひ稀なる正直ものと、世擧てよろこぶべし、其正直と又神の正直と、正直に二品あるべきや、其正直が通るならば、汝も直に太神宮の末社同前也、
新字:先名聞利欲を離るべし、然れども柔弱にてははなれがたく、名利のこゝろは発るべし、発るとも一生行はざれば、扠も正直者なりと、天下の人よろこぶべし、天下の人に悦ばるゝほど、目出たきことはあるまじと思へり、いかん、○或人曰、正直者といはるゝは、誰も望む所也、しかれども、借方を済す事はいかゞすべき、○答、汝世間の者によろこばるゝは、誰も望む所といふ、喜ばるゝが望みならば、家財残らず売払ひ、赤裸になり、借金を済さるべし、ことごとく済されなば、今の世にたぐひ稀なる正直ものと、世挙てよろこぶべし、其正直と又神の正直と、正直に二品あるべきや、其正直が通るならば、汝も直に太神宮の末社同前也、
書き下し
先づ名聞利欲を離るべし。然れども柔弱にてははなれがたく、名利のこゝろは発るべし。発るとも一生行はざれば、扠も正直者なりと、天下の人よろこぶべし。天下の人に悦ばるゝほど、目出たきことはあるまじと思へり。いかん。○或る人曰く、正直者といはるゝは、誰も望む所なり。しかれども、借方を済ます事はいかゞすべき。○答ふ、汝世間の者によろこばるゝは、誰も望む所といふ。喜ばるゝが望みならば、家財残らず売り払ひ、赤裸になり、借金を済まさるべし。ことごとく済まされなば、今の世にたぐひ稀なる正直ものと、世挙げてよろこぶべし。其の正直と又神の正直と、正直に二品あるべきや。其の正直が通るならば、汝も直に太神宮の末社同前なり。
現代語訳
まず名聞と利欲を離れなければなりません。けれども意志が弱くては離れにくく、名利の心は起こるでしょう。起こっても一生それを行わなければ、さすが正直者だと天下の人が喜ぶでしょう。天下の人に喜ばれるほどめでたいことはないと思います。どうですか。」――その人は言いました。「正直者と言われるのは誰もが望むことです。けれども借金を返すことはどうすればよいのですか。」――私は答えました。「あなたは世間の人に喜ばれるのは誰もが望むことだと言います。喜ばれるのが望みなら、家財を残らず売り払い、丸裸になって借金を返しなさい。ことごとく返せば、今の世にまたとない正直者だと、世を挙げて喜ぶでしょう。その正直と神の正直とで、正直に二種類あるでしょうか。その正直が通るなら、あなたもそのまま伊勢の太神宮の末社と同じです。
解説
この章句が説くこと
関連する章句
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『斉家論』下神に捧ぐる散銭のごとし。しかるに、世間に此の貴まるゝ事を嫌ひ、私欲をもつて邪知者を頼み相談せば、何程の借金有りとも、二三歩通りよりあつかひかけ、弁舌を以ていひまはさば、四五歩どほりにては済むべし。少しなりともおほく残すを手がらとし、其の残る金銀を我が物と思ひ、人をだます事を所作とするは、俗にいふ話盗人といふ者なり。謀計は眼前の利潤たりといへども、必ず神明の罰に当たる。正直は一旦の依怙にあらずといへども、終に日月の憐みを蒙るとは、皇太神宮の宝勅なり。神の罪人とならば、居所はあるまじ。広き世界に住み得ずして、狭き住居するはかなしき事なり。ひろき世界に住み得ずして、せばき住居するといふは、土地のことにてはなし。広大なる心を、微塵のごとくなして、くるしむことを云ふ。又正直を行ひ、心に恥づることなければ、限りなき天下の広居に居て、深長なるたのしみあることなり。我が教ふる所は其の話盗人の難を遁れさせ、正直者といはせ、鏡のごとき神明の御心にかなふやうにならるゝは、目出度き祝ひにあらずやと云ふ。
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『斉家論』下借りたる物は返し、毛すじほども私なく、ありべかゝりにするは、正直なる所なり。此の正直行はるれば、世間一同に和合し、四海の中皆兄弟のごとし。我が願ふ所は、人々こゝに至らしめんためなり。分けて士は、政のたすけをなし、農工商の頭なれば、清潔にして正直なるべし。もし私欲あらば、其の所は常闇なり。又農工商も、家の主は家内の頭なり。もし私欲あらば、家内が常闇となる。すべて物の頭となるものは慎むべき事なり。然るに欲心に蔽はれ、此の正直を行はずして、あさましき交はりになり行くは、かなしき事なり。故に十五年以来、其の私欲を離るゝ事を説き来たれり。私欲ほど世に害をなすものはあらじ。此の味を知らずしてなす倹約は、皆吝に至り、害をなすこと甚だし。
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『斉家論』下既に比咩大明神の御託宣に、「天にならひ地にうけたりし人心まがらざりせばすなはちの神」とあり。此の意味を得心せば、身上有り切り売り払ひ、借金皆済せらるべし。其のとき負はせ方の心を推していはゞ、誰もかくさつぱりと、裸には成りがたきことなるに、扠正直成る仕かたかなと、汝が心を感ずべし。たとへていはゞ、人の生まれし時は裸なり。しかれども、裸で凍えし赤子もなし。無智無欲成るものなれど、先づ産著とて著せるなり。親が著するのみならず、親類まで持ち寄り著せるなり。人の心は、自然に慈悲正直成る所あれば、汝の裸になられし其の日より、感心せし負はせ方が寄り集まりて著すべし。左はいへど、何程の財宝が集まるべしとは知りがたし。正直よりあつまる財宝なれば、
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『斉家論』下金三十両あまりつかはしければ、やうやうと飢ゑは助かりゐらるゝなり。然れども売場もことごとく流れたれば、中々商ひの段にてはなく、これまでの売掛を、取りあつめのぼさるゝは、今年とも来年とも、其の限りはしりがたし。此の仕合はせゆへに際払ひもならず。借金を済まさんとすれば、家財まで売り払ひ、赤裸に成るなれば、是も又成りがたき事なり。日比汝の物語を聞くに、難儀の所にて心を悩まさぬが、学問のちからなりといへり。かゝる時、いかんして心をなやまさず、御慶目出度く祝はるべきや。○答ふ、某がいふ通り、そむかず用ひらるゝならば、いと心やすき事なり。望みの通り万々歳を祝ふべし。祝ふといふは他の儀にあらず、正直を守ることなり。正直を守らんと思はゞ、
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『斉家論』下或る人又曰く、汝いふ所の倹約は、正直が本なる事をいひ、且つ常にも正直を第一に教へらるゝにつき、或る人へ答へられし物語、一通り聞こえたり。汝所存の通り赤裸と成りても、正直を用ゆる志に候や。しかれば、論語に、葉公孔子に謂ひて曰く、吾が党に躬を直くする者あり、其の父羊を攘む、然るを子これを証すとあり。父が悪事にても、隠さずあらはすは、ありべかゝりの正直なり。又前にひかるゝ御神託に、「天にならひ地にうけたりし人心まがらざりせばすなはちの神」とあり。天地は見えし通り明らかにして、隠す所なし。汝がいふ所もかくす事なく、ありべかゝりの正直なれば、御神託に同じふして真直なり。然れば、汝がいふ所は、神道の上の事なるべし。某思ふは左にあらず。惣じて世間の事、汝がいふごとくさつぱりと、裸には成りがたき所あり。故に孔子も葉公にこたへて曰く、吾が党の直き者はこれに異なり、父は子の為に隠し、子は父の為に隠す、直き事其の中にありとのたまへり。汝も我も同じく儒書を学び、かやうに相違あるはいかん。
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『斉家論』下我がいふ所は、正直よりなす倹約なれば、人を助くるに至る。子曰く、人の生くるや直し。之を罔くして生くるは、幸ひにして免るゝなりとのたまへり。これを以てみれば、直ならずして生くるといへども、死人に同じ、恐るべき事なり。それにつき去る春、或る人関東洪水の事によつて問はれし事あり。予が返答せし趣、物語すべし。○或る人の問ひにいはく、何れの方も、際の払ひも例年の通り首尾よく仕舞ひ、正月を祝はる。某も人に遇はば、先づもつて御慶といへば、先方よりも、御無事に重年目出度しといふ。しかれども、我が心苦しければ、一切目出度からず。所以は去年関東の洪水に、我が蔵のごとくに思ひし三軒の得意は、家財より田畠まで流され、身がらほうほう、命を助かられしばかりなり。依りて当分の見舞ひに、