斉家論 / 下
世の苦みをかへりみず、剩親子兄弟親類まで不和に成、たがひに恨みをふくむに至る、又色欲といふは、若き時は前後のわきまへもなく、しなかたちにのみめで、爰かと思へばかしこにわたり、流の女にさへ心を見すかさるれど、夫をもしらず、親のゆるさぬ金銀をつかふ、又老たる人も、夫婦諸とも道にも入べき時、腰本や下女に手をかけ、又はわかき女を抱へ寵愛し、親むべき女房には疎く成、頭には白髪をいたゞく事をしらず、榮耀榮花のおごりのために、こゝろを惱ますことはなはだし、其外萬事不義無道をなし、心を煩すは、皆放心を以なり、此味を知らず、仁に心を盡さゞるは、かなしき事かな、聖賢これを歎き給ひ、學問の道他なし、
新字:世の苦みをかへりみず、剰親子兄弟親類まで不和に成、たがひに恨みをふくむに至る、又色欲といふは、若き時は前後のわきまへもなく、しなかたちにのみめで、爰かと思へばかしこにわたり、流の女にさへ心を見すかさるれど、夫をもしらず、親のゆるさぬ金銀をつかふ、又老たる人も、夫婦諸とも道にも入べき時、腰本や下女に手をかけ、又はわかき女を抱へ寵愛し、親むべき女房には疎く成、頭には白髪をいたゞく事をしらず、栄耀栄花のおごりのために、こゝろを悩ますことはなはだし、其外万事不義無道をなし、心を煩すは、皆放心を以なり、此味を知らず、仁に心を尽さゞるは、かなしき事かな、聖賢これを嘆き給ひ、学問の道他なし、
書き下し
世の苦しみをかへりみず、剰へ親子兄弟親類まで不和に成り、たがひに恨みをふくむに至る。又色欲といふは、若き時は前後のわきまへもなく、しなかたちにのみめで、爰かと思へばかしこにわたり、流れの女にさへ心を見すかさるれど、夫をもしらず、親のゆるさぬ金銀をつかふ。又老いたる人も、夫婦諸ともに道にも入るべき時、腰元や下女に手をかけ、又はわかき女を抱へ寵愛し、親しむべき女房には疎く成り、頭には白髪をいたゞく事をしらず、栄耀栄花のおごりのために、こゝろを悩ますことはなはだし。其の外万事不義無道をなし、心を煩はすは、皆放心を以てなり。此の味を知らず、仁に心を尽さゞるは、かなしき事かな。聖賢これを嘆き給ひ、学問の道他なし、
現代語訳
世の人の苦しみを顧みず、そのうえ親子・兄弟・親類まで不和になり、互いに恨みを抱くまでになります。また色欲というのは、若いときは前後の見境もなく、姿形ばかりをめでて、ここかと思えばあちらへと移り、遊女にさえ心を見透かされているのに、それも知らず、親の許さない金を使います。また年老いた人も、夫婦ともども道に入るべき年になって、腰元や下女に手を出し、あるいは若い女を囲って寵愛し、親しむべき妻とは疎遠になり、頭に白髪をいただいていることも忘れ、ぜいたくのために心をひどく悩ませます。そのほか万事、不義無道をして心を煩わせるのは、みな放心によるのです。この味わいを知らず、仁に心を尽くさないのは悲しいことです。聖人・賢人はこれを嘆かれて、学問の道はほかでもない、
解説

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