斉家論 / 下
常の出會は、茶漬飯したし物などにて、木綿衣類なれば、をのづから心やすく度々出會、親き上にもしたしくなり、且親類は言に及ばず、宿持手代出入の人々迄、若身上不如意なる者あらば、其譯を聞屆、不實ならざることならは、何分力を合せ救ふべし、又家内を惠むにも、先木綿衣類なれば、あたらしく仕かへるにも心やすく、古き物は仕著の外に見合てつかはし、仕著の新しき物は、貯をかすやうに仕なし、又半季一季の者は、纔の給銀を取、布子一重を拵ゆれば、殘りすくなになり、鼻紙代も不自由にて、甚不便の事也、たとへ盆正月に、百二百の錢、又履物などつかはしても、これらにて足るべしとも思はれず、尤家により奉公人により、
新字:常の出会は、茶漬飯したし物などにて、木綿衣類なれば、をのづから心やすく度々出会、親き上にもしたしくなり、且親類は言に及ばず、宿持手代出入の人々迄、若身上不如意なる者あらば、其訳を聞届、不実ならざることならは、何分力を合せ救ふべし、又家内を恵むにも、先木綿衣類なれば、あたらしく仕かへるにも心やすく、古き物は仕著の外に見合てつかはし、仕著の新しき物は、貯をかすやうに仕なし、又半季一季の者は、纔の給銀を取、布子一重を拵ゆれば、残りすくなになり、鼻紙代も不自由にて、甚不便の事也、たとへ盆正月に、百二百の銭、又履物などつかはしても、これらにて足るべしとも思はれず、尤家により奉公人により、
書き下し
常の出会ひは、茶漬飯・したし物などにて、木綿衣類なれば、をのづから心やすく度々出会ひ、親しき上にもしたしくなり、且つ親類は言ふに及ばず、宿持ち手代出入りの人々迄、若し身上不如意なる者あらば、其の訳を聞き届け、不実ならざることならば、何分力を合はせ救ふべし。又家内を恵むにも、先づ木綿衣類なれば、あたらしく仕かへるにも心やすく、古き物は仕著の外に見合はせてつかはし、仕著の新しき物は、貯へおかすやうに仕なし、又半季一季の者は、纔かの給銀を取り、布子一重を拵ゆれば、残りすくなになり、鼻紙代も不自由にて、甚だ不便の事なり。たとへ盆正月に、百二百の銭、又履物などつかはしても、これらにて足るべしとも思はれず。尤も家により奉公人により、
現代語訳
ふだんの集まりは茶漬けやおひたしなどにし、木綿の着物にすれば、自然と気楽にたびたび集まれて、親しい上にもさらに親しくなります。また親類はもちろん、別家の手代や出入りの人々まで、もし暮らし向きが苦しい者がいれば、その事情を聞き届け、不誠実なことでなければ、何としても力を合わせて救うべきです。また家の奉公人に恵むにも、まず木綿の着物にしておけば、新しく作り替えるのも気楽で、古い物はお仕着せのほかに見計らって与え、お仕着せの新しい物は蓄えておけるようにしてやります。また半年や一年の年季の奉公人は、わずかな給金を取り、綿入れ一枚を作れば残りは少なくなり、鼻紙代にも困るありさまで、たいへん気の毒です。たとえ盆や正月に百文、二百文の銭や履物などを与えても、それで足りるとは思えません。もっとも家により奉公人によって、
解説
この章句が説くこと
関連する章句
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『斉家論』下高下次第も有るべけれど、すべて是に準ずべし。夫故たまかにつとむる者には、折々の心付け致すべき事なり。扠又世間に、人をつかふに、定まりの仕著や給銀さへ渡しぬれば、事すむやうにおもひ、其の外に心を付くる人まれなり。奉公に出る人、親もと不自由ならざる人もあれど、多くは親里まづしきゆへ奉公にも出す。親もと豊かなれば、乳母をも添へ、養ひ育つる事なり。然れども貧しきゆへ、親の手をはなし、遥々奉公に出すものなれば、さぞかなしく不便に思ふべけれど、是は助けたきとて、いかんかすべき。又たすくれば助けらるゝ事は、たすけたき事なり。惣て田舎出の奉公人は、布子一つ、かたびら一重あれば事足りぬと思へり。然れども半季か一季過ぐれば、
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『斉家論』下傍輩の衣類多く有るを見て羨ましくおもひ、不自由成る親本へいひやれば、親は聞くより不便に思ひ、借金して成りとも、一つづゝもこしらへのぼせ、最早能きかと思へば、又たらぬものをいひやれば、拵ふる事は成りがたく、のぼさねば子共が不便なり。いかゞして成りとものぼしたく思ひ、なやみ煩ふ者多く、いたましき事なり。かやうの類は心を付け、助くればなる事なり。夫故貧しき親兄弟に、其の苦労をさせざるやうにいたしたき志なり。元来今般の倹約は、上を恐れ、己が賤しきことを知り、約を守り、万分の一なりとも礼義を守らば、をのづから親類はいよいよ睦しく、家内の者には、親兄弟の労を遁れさせ、出入りの人々には、恵みの端とも成り、子としては、先祖父母への孝となり、をのづから上を恐るる恭順の道ともならんか。或る人曰く、門人方、倹約の序文をみれば、町家相応にては面白し。しかれども、町家ばかりの倹約にて、大道の用にたらず。同じくば世間一同に用ゐるやうに、教へらるゝがよかるべしと思へり。汝の門人には、武士方もありと聞けり。此等の教はいかん。
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『斉家論』上倹約が本となる事を得心せり。其の本立つときは、奢りもやみ、家も斉ふべし。家斉ふれば、をのづから親の心を養ふ孝行となり、其の外出入りの者も、心安く恵まるべき理あり。他の奢り筋にて、当分親の心をなぐさむ事も有るべけれど、約を守らざれば、段々内証に不足立ち、諸事のまはりあしくなりて借金せば、つゐには親の心をくるしむるに至るべし。尤も是までも、内証の事は、約を守る志あれば、つとめ来たりし事もあれど、衣類などは表向きの物にて、世間なみの事なれば、心付きなくうかうかとくらせし所、能々考ふれば、分に過ぎたる衣裳を、是非に著よと言ふものはなきことなり。其の外倹約筋諸事、親しき門弟示し合はせ、急度あらため、家内にて行ふべしといはれけり。
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『斉家論』下国恩をあふぎ奉り、先非を悔いぬ。これ教を受くる益ならんか。扠此の御高恩、いかんして報じ奉るべきや。明らかには知らねども、我が身をおさめ、上を犯すことなきやうに慎み、父子夫婦親類縁者、家の小者に至るまで、たがひに睦しく打ち和らぎ、吝きことなく倹約を守り、一人の小者、又は出入り従ふ者を、あはれみ助けたき志なり。これまでも、一家親しみ又人を恵むこと、元来きらふにはあらねども、第一自身のおごりつよく、費えおほきゆへ、人を恵む仁愛の心も外に成り行きぬ。親しき親類の疎に成るも、かの奢りゆへ、一家の出会ひも物毎造作に、料理などもおもくなり、度々の出会ひもなく、遠々しく成りぬ。これを以てみれば、奢りは不仁の本となる。恐れつゝしむべし。今より後、
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『斉家論』上講釈するに及ばざれども、京大坂大和河内にて、講釈の上にて読み聞かせり。其の意は、かく孝行すれば、天下に知られ、好事と思ひ、名聞に成りとも、孝行がさせたく思ふ所なり。天子より已下庶人に至るまで、孝終始なきときは、患ひ及ばざる者は、いまだこれあらじ。又地の利に因り、身を謹み用を節にして、以て父母をやしなふは、諸人の孝と、孝経に説きたまへり。それゆへ常に倹約の事を説ききかせ、門弟へは月次の会に、折々倹約の題を出だし、得心あるやとこころみれども、是までは志も立たざりしが、五六年より十四五年も従へるしるしにや、去る秋町家の門弟、志を起こし来たりていはく、我々年来教へをうくるといへども、家を治むるうへに心得たがひあり。今般家を治むるは、
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『斉家論』下倹約序。伏して惟みるに、御代の泰平目出度く治まる事、上は貴く下は賤しく、尊卑の位ましまし、有りがたくも孝を鬼神に致し、飲食衣服宮室の類は薄くなし、倹を用ひたまひ、恵みを万邦に垂れんと、御力を尽し玉ふ。至徳光輝普くあらはれ、すゑが末まで安穏に、照し玉はぬ里もなし。実に徒然艸にも、世を治むる道は、倹約を本とすといへり。蓋し倹約と云ふ事、世に多く誤り、吝き事と心得たる人あり。左にはあらず。倹約は財宝を節く用ひ、我が分限に応じ、過不及なく、物の費え捨つる事を厭ひ、時にあたり法にかなふやうに用ゆる事成るべし。それ天下安穏に治まり、有りがたく辱き事、一をあげていはゞ、財宝は数千里のあなたより、数千里のこなたへ取り通し、