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斉家論 / 下

國恩をあふぎ奉り、先非を悔ぬ、これ敎を受る益ならんか、扠此御高恩、いかんして報じ奉るべきや、明には知らねども、我身をおさめ、上を犯すことなきやうに愼み、父子夫婦親類緣者、家の小者に至るまで、たがひに睦しく打和らぎ、吝きことなく儉約を守り、一人の小者、又は出入從ふ者を、あはれみ助けたき志なり、これまでも、一家親み又人を惠むこと、元來きらふにはあらねども、第一自身のおごりつよく、費おほきゆへ、人を惠む仁愛の心も外に成行ぬ、親しき親類の疎に成も、かの奢ゆへ、一家の出會も物毎造作に、料理などもおもくなり、度々の出會もなく、遠々敷成ぬ、これを以てみれば、奢は不仁の本となる、恐れつゝしむべし、今より後、

新字:国恩をあふぎ奉り、先非を悔ぬ、これ教を受る益ならんか、扠此御高恩、いかんして報じ奉るべきや、明には知らねども、我身をおさめ、上を犯すことなきやうに慎み、父子夫婦親類縁者、家の小者に至るまで、たがひに睦しく打和らぎ、吝きことなく倹約を守り、一人の小者、又は出入従ふ者を、あはれみ助けたき志なり、これまでも、一家親み又人を恵むこと、元来きらふにはあらねども、第一自身のおごりつよく、費おほきゆへ、人を恵む仁愛の心も外に成行ぬ、親しき親類の疎に成も、かの奢ゆへ、一家の出会も物毎造作に、料理などもおもくなり、度々の出会もなく、遠々敷成ぬ、これを以てみれば、奢は不仁の本となる、恐れつゝしむべし、今より後、

書き下し

国恩をあふぎ奉り、先非を悔いぬ。これ教を受くる益ならんか。扠此の御高恩、いかんして報じ奉るべきや。明らかには知らねども、我が身をおさめ、上を犯すことなきやうに慎み、父子夫婦親類縁者、家の小者に至るまで、たがひに睦しく打ち和らぎ、吝きことなく倹約を守り、一人の小者、又は出入り従ふ者を、あはれみ助けたき志なり。これまでも、一家親しみ又人を恵むこと、元来きらふにはあらねども、第一自身のおごりつよく、費えおほきゆへ、人を恵む仁愛の心も外に成り行きぬ。親しき親類の疎に成るも、かの奢りゆへ、一家の出会ひも物毎造作に、料理などもおもくなり、度々の出会ひもなく、遠々しく成りぬ。これを以てみれば、奢りは不仁の本となる。恐れつゝしむべし。今より後、

現代語訳

国の恩を仰ぎ、これまでの過ちを悔いました。これは教えを受けた益でしょうか。さて、この大きな御恩をどうやって報いればよいのか。はっきりとは分かりませんが、わが身を修め、上に逆らうことのないよう慎み、父子・夫婦・親類縁者から家の下働きの者に至るまで、互いに仲よく打ち解け、けちにならずに倹約を守り、一人の小者や出入りの者までも、いたわり助けたいと願っています。これまでも一家で親しみ、人に恵むことを嫌っていたわけではありませんが、何よりも自分自身のおごりが強く、出費が多かったので、人に恵む思いやりの心もおろそかになっていきました。親しい親類と疎遠になったのも、そのおごりのせいで、一家で集まるにも何かと手間をかけ、料理なども重くなり、たびたび集まることもなくなって、遠のいてしまいました。これで見れば、おごりは不仁の本となります。恐れ慎むべきです。これから後は、

解説

門弟たちの倹約序の核心がここにあります。人を恵む気持ちはあったのに、自分たちの奢りで出費がかさみ、その余裕が消えていた。親類の集まりも料理を重くするうちに間遠になり、疎遠になった。だから「奢りは不仁の本」だと結論します。倹約を道徳の問題にするとき、単に贅沢は悪いと言うのではなく、奢りが人を助ける力と人との近さを奪うという因果で説明している点が見事です。接待や社内行事が豪華になるほど回数が減り、関係が遠のくのは、今の組織でもよく起きることです。

この章句が説くこと

奢り不仁倹約親類国恩

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