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斉家論 / 上

儉約をいひたて、一汁一菜か二菜の料理ですますとあり、客人も是までとは、きれかはりたる不馳走なれば、興なくて、にがにがしく思ふべし、妻子家內の者どもは、不興なる體を見て心をいため、さぞ氣毒に思ふべし、門弟中、人にそむき、俄に儉約をなすゆへ、したしむべき親類、又家內のものまで、爭ひに至るは、かなしきにあらずや、是皆欲心よりなす所なり、前に言ごとく、儉約は、つねのごとく心得るが學者にあらずや、

新字:倹約をいひたて、一汁一菜か二菜の料理ですますとあり、客人も是までとは、きれかはりたる不馳走なれば、興なくて、にがにがしく思ふべし、妻子家内の者どもは、不興なる体を見て心をいため、さぞ気毒に思ふべし、門弟中、人にそむき、俄に倹約をなすゆへ、したしむべき親類、又家内のものまで、争ひに至るは、かなしきにあらずや、是皆欲心よりなす所なり、前に言ごとく、倹約は、つねのごとく心得るが学者にあらずや、

書き下し

倹約をいひたて、一汁一菜か二菜の料理ですますとあり。客人も是までとは、きれかはりたる不馳走なれば、興なくて、にがにがしく思ふべし。妻子家内の者どもは、不興なる体を見て心をいため、さぞ気の毒に思ふべし。門弟中、人にそむき、俄かに倹約をなすゆへ、したしむべき親類、又家内のものまで、争ひに至るは、かなしきにあらずや。是皆欲心よりなす所なり。前に言ふごとく、倹約は、つねのごとく心得るが学者にあらずや。

現代語訳

倹約を言い立てて一汁一菜か二菜の料理で済ませるという。客も、これまでとはうって変わった粗末なもてなしでは興ざめで、苦々しく思うだろう。妻子や家の者は、客の不興な様子を見て心を痛め、さぞ気の毒に思うだろう。門弟たちが人に背いて急に倹約するので、親しむべき親類や家の者まで争いになるのは、悲しいことではないか。これはみな欲心からすることだ。前に言ったように、倹約はふだんのこととして心得るのが学者ではないか」。

解説

学者の批判の結論は「是皆欲心よりなす所なり」、急な倹約はけちな欲心から出たものだ、という鋭い一言です。一汁三菜のもてなしを一汁一菜に落とせば、客は興ざめし、妻子は気をもみ、親類とも争いになる。倹約が人間関係を壊すなら本末転倒だという批判は、コスト削減が現場の士気や取引先との関係を損なう場面を思い起こさせます。倹約は日ごろから当たり前にするもので、急に言い立てるものではない、という最後の指摘も的を射ています。梅岩はこの批判を正面から受け止めて答えます。

この章句が説くこと

倹約欲心もてなし争い吝嗇親類

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