斉家論 / 上
財寶所持して逃る事もならず、著のまゝ逃ても、所々にて弓鐵炮をかまへ辭をかけ、裸に成てゆけといふ、著のまゝ也免といへば聞入ず、裸になればよし、否といはゞ打はなすといへり、命に代る衣類はなしとて、裸に成て往し者、數しらずと聞置り、戰國の時、食物や著物が撰み分ていらるべきや、虱だらけの物ならで、著ることは成まじ、其時木綿布子は重などゝ、理屈がいふてゐられふか、をしいたゞいて著るべきぞ、又食物に乏く、おほくはつかれゐるべし、其時に、麥飯や白粥は嫌なりといふべきや、食ひくるゝ者あらば、神佛のやうにおもふべし、忝くも今の御代、天下一統に養るゝは、ありがたき事にあらずや、孟子曰、
新字:財宝所持して逃る事もならず、著のまゝ逃ても、所々にて弓鉄炮をかまへ辞をかけ、裸に成てゆけといふ、著のまゝ也免といへば聞入ず、裸になればよし、否といはゞ打はなすといへり、命に代る衣類はなしとて、裸に成て往し者、数しらずと聞置り、戦国の時、食物や著物が撰み分ていらるべきや、虱だらけの物ならで、著ることは成まじ、其時木綿布子は重などゝ、理屈がいふてゐられふか、をしいたゞいて著るべきぞ、又食物に乏く、おほくはつかれゐるべし、其時に、麦飯や白粥は嫌なりといふべきや、食ひくるゝ者あらば、神仏のやうにおもふべし、忝くも今の御代、天下一統に養るゝは、ありがたき事にあらずや、孟子曰、
書き下し
財宝所持して逃ぐる事もならず。著のまま逃げても、所々にて弓鉄炮をかまへ辞をかけ、裸に成りてゆけといふ。著のまま也、免せといへば聞き入れず、裸になればよし、否といはば打ちはなすといへり。命に代はる衣類はなしとて、裸に成りて往きし者、数しらずと聞き置けり。戦国の時、食物や著物が撰り分けていらるべきや。虱だらけの物ならで、著ることは成るまじ。其の時木綿布子は重いなどと、理屈がいうてゐられうか。をしいただいて著るべきぞ。又食物に乏しく、おほくはつかれゐるべし。其の時に、麦飯や白粥は嫌なりといふべきや。食ひくるる者あらば、神仏のやうにおもふべし。忝くも今の御代、天下一統に養はるるは、ありがたき事にあらずや。孟子曰く、
現代語訳
財宝を持って逃げることもできない。着の身着のままで逃げても、あちこちで弓や鉄砲を構えて声をかけ、「裸になって行け」と言う。「着ているだけです、許してください」と言っても聞き入れず、「裸になればよし、嫌だと言えば撃つ」と言ったという。命に代わる着物はないと、裸になって逃げた者は数知れないと聞いています。戦国の時代に、食べ物や着物を選り好みしていられたでしょうか。虱だらけの物でなければ着られなかったでしょう。そのときに、木綿の綿入れは重いなどと理屈を言っていられたでしょうか。押しいただいて着たはずです。また食べ物に乏しく、多くは飢え疲れていたでしょう。そのときに麦飯や白粥は嫌だと言えたでしょうか。食べさせてくれる者がいれば、神仏のように思ったはずです。かたじけなくも今の御代、天下が一つに治まって養われているのは、ありがたいことではありませんか。孟子は言いました。
解説
この章句が説くこと
関連する章句
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『斉家論』上衣服は綾羅にあらざれども、和暖なれば便よし。飲食は珍しき饈にあらざれども、一度飽けば便よしといふ。又論語にも、君子は食飽くことを求むることなく、居安からんことを求むることなしとのたまへり。此の味を知らるべし。扨て妻子や家内の者にあらそひ、思ふやうにさせざるを不便の事なりといふ。これ大いにあやまてり。汝いふごとく、家内の者は我が民なり。我が民ゆへ真実に愛する也。愛する故に争ふことを喩へていはば、吾が子に灸する如し。逃げまはるをだましとらへて灸すれば、跳ねつはねつ反りかへり、ああ熱や、最早悪事しますまい、父様母様、堪忍して下さりませと泣きさけぶ。親は涙を流し、歯をくいしばつても灸する也。是もあらそひに似たれども、
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『斉家論』上其の子の病を治め、無事に養育せんが為なり。妻子兄弟に、押へ留めてきせざるも、又如斯。国天下も治まらざる時は、あらそひなくんば有るべからず。既に殷の紂王、不仁を以て万民を苦しめ、天下を乱す。周の武王これをなげき、天下を治めん為に、仁徳を以てあらそひ玉ふ。あらそふは仁と不仁の二つなれど、遂には不仁を誅し玉ふ。ここにおゐて天下一統仁に帰す。今世間の奢り者を見るに、自ら美服を著るのみか、召しつるる女まで、紗綾綸子に縫薄して著するなり。田舎者は是を見て、御所方か武家方か、侍のつかぬは不審なりとうたがへり。賤しき町家の者として、かやう成る奢りをなし、道理にそむく罪人となる。女や子共は智の昧きものなれば、
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『斉家論』上珍味珍物を取りあつめ、賑やかにくらすことをよろこぶ。尤もこれらを法にかなふと言ふにはあらず。然れども如斯なり来たりし世上なれば、急々にあらたむることあたはず。聖人の民をおさめ玉ふは、親の子を養育する如く、漸々を以て治めたまふべし。一軒の家にていはば、妻子より小者に至るまで、吾が民なり。其の民を次第にやすく治むるが、主人の職分なり。先づ人間の楽しみは、衣食住の三つなり。衣類等を拵ふるは、著てたのしむが為なり。しかるに自身著ざるのみならず、妻子小者に至るまで、おさへとどめて著せざるよし。女童の身にしては、さぞ迷惑におもふべし。是不便の事にあらずや。又振舞も、これまでは一汁三菜、二汁五菜の料理にて、客もてなしたるをば、
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『斉家論』上二人ともに何成りとも食はねば、ゆかれぬといへり。さりながら食と金と、つりがへにても売る人なければ、是非なくて、ゆかれ次第往くべしと、京橋を渡り片町にて、漸うしんこを見あたる。かかる折ともいはずして、二文のしんこは二文に売る。げに天下泰平一統に治まる御代の徳なれや。そのしんこにたすけられて、足軽く守口の宿につき、一夜を明かすも有りがたき。その時分には、大坂に親しき者もなかりしゆへ、未明に立ちて帰京せり。後に聞けば、西の御堂にても数十人焼け死す。船場の中も、爰かしこへ飛び火して、一面に火がまはり、焼きたてられ、逃ぐる者は風に木の葉を散らすがごとし。財宝は取り次第、落とせし物は拾ひ次第、只命を惜しむばかりにて、我先へとにげゆく。
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『斉家論』下傍輩の衣類多く有るを見て羨ましくおもひ、不自由成る親本へいひやれば、親は聞くより不便に思ひ、借金して成りとも、一つづゝもこしらへのぼせ、最早能きかと思へば、又たらぬものをいひやれば、拵ふる事は成りがたく、のぼさねば子共が不便なり。いかゞして成りとものぼしたく思ひ、なやみ煩ふ者多く、いたましき事なり。かやうの類は心を付け、助くればなる事なり。夫故貧しき親兄弟に、其の苦労をさせざるやうにいたしたき志なり。元来今般の倹約は、上を恐れ、己が賤しきことを知り、約を守り、万分の一なりとも礼義を守らば、をのづから親類はいよいよ睦しく、家内の者には、親兄弟の労を遁れさせ、出入りの人々には、恵みの端とも成り、子としては、先祖父母への孝となり、をのづから上を恐るる恭順の道ともならんか。或る人曰く、門人方、倹約の序文をみれば、町家相応にては面白し。しかれども、町家ばかりの倹約にて、大道の用にたらず。同じくば世間一同に用ゐるやうに、教へらるゝがよかるべしと思へり。汝の門人には、武士方もありと聞けり。此等の教はいかん。
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『斉家論』上牛羊を野飼する地を牧地といふ。人に頼まれ、牛や羊を牧ふ者あらんに、必ず野飼の地と草とを求めん。其の地と草とを求め得れば、牛羊はをのづから養はるる也。又民を養ふ君を人牧といふ。今天下治まる時なれば、己々が職分さへ勤むれば、自ら養はるるは、牛羊を野飼の地に放ち置けば、をのづから養はるるがごとし。此の味を知らず、安楽にくらせば、己が力と思へるは愚かなること甚だし。暖かに著、飽くまで喰ひ、逸居をして人の道を知らざるは、禽獣に近きぞと、孟子も戒め玉ふなり。今治まる御代の、広大なる御高恩、報じ奉る事を思ふべし。下賤の者、いかんして広大の御高恩報じ奉るべき。報じ奉る事はならずとも、家内一統和合して、一人のごとく治むるならば、其の程の御恩を報じ奉るともいふべきか。世の人、これを思はるべし。