斉家論 / 上
其子の病を治め、無事に養育んが爲なり、妻子兄弟に、押へ留めてきせざるも、又如斯、國天下も不治時は、あらそひなくんば有べからず、既殷の紂王、不仁を以て萬民を苦しめ、天下を亂す、周の武王これをなげき、天下を治めん爲に、仁德を以てあらそひ玉ふ、あらそふは仁と不仁の二つなれど、遂には不仁を誅し玉ふ、こゝにおゐて天下一統仁に歸す、今世間の奢り者を見るに、自美服を著るのみか、召つれる女まで、紗綾綸子に縫薄して著するなり、田舍者は是を見て、御所方か武家方か、侍のつかぬは不審なりとうたがへり、賤き町家の者として、かやう成奢りをなし、道理にそむく罪人となる、女や子共は智の味きものなれば、
新字:其子の病を治め、無事に養育んが為なり、妻子兄弟に、押へ留めてきせざるも、又如斯、国天下も不治時は、あらそひなくんば有べからず、既殷の紂王、不仁を以て万民を苦しめ、天下を乱す、周の武王これをなげき、天下を治めん為に、仁徳を以てあらそひ玉ふ、あらそふは仁と不仁の二つなれど、遂には不仁を誅し玉ふ、こゝにおゐて天下一統仁に帰す、今世間の奢り者を見るに、自美服を著るのみか、召つれる女まで、紗綾綸子に縫薄して著するなり、田舎者は是を見て、御所方か武家方か、侍のつかぬは不審なりとうたがへり、賤き町家の者として、かやう成奢りをなし、道理にそむく罪人となる、女や子共は智の味きものなれば、
書き下し
其の子の病を治め、無事に養育せんが為なり。妻子兄弟に、押へ留めてきせざるも、又如斯。国天下も治まらざる時は、あらそひなくんば有るべからず。既に殷の紂王、不仁を以て万民を苦しめ、天下を乱す。周の武王これをなげき、天下を治めん為に、仁徳を以てあらそひ玉ふ。あらそふは仁と不仁の二つなれど、遂には不仁を誅し玉ふ。ここにおゐて天下一統仁に帰す。今世間の奢り者を見るに、自ら美服を著るのみか、召しつるる女まで、紗綾綸子に縫薄して著するなり。田舎者は是を見て、御所方か武家方か、侍のつかぬは不審なりとうたがへり。賤しき町家の者として、かやう成る奢りをなし、道理にそむく罪人となる。女や子共は智の昧きものなれば、
現代語訳
その子の病を治し、無事に育てるためです。妻子や兄弟を押しとどめて着せないのも同じことです。国や天下も治まらないときは、争いがなくては済みません。殷の紂王は不仁によって万民を苦しめ天下を乱しました。周の武王はこれを嘆き、天下を治めるために仁徳をもって争われました。争いは仁と不仁の二つでしたが、ついには不仁を討たれ、ここに天下は一つに仁に帰したのです。今、世間の奢る者を見ると、自分が美しい服を着るばかりか、連れて歩く女まで紗綾や綸子に縫箔を施して着せています。田舎の者はこれを見て、御所の方か武家の方か、侍が付いていないのは不審だと疑うほどです。賤しい町家の者がこのような奢りをして、道理に背く罪人となっているのです。女や子どもは知恵が暗いので、
解説

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