斉家論 / 上
二人ともに何成とも食ねば、ゆかれぬといへり、さりながら食と金と、つりがへにても賣人なければ、是非なくて、ゆかれ次第往べしと、京橋を渡り片町にて、漸しんこを見あたる、かゝる折ともいはずして、二文のしんこは二文に賣、げに天下泰平一統に治る御代の德なれや、そのしんこにたすけられて、足輕く守口の宿につき、一夜を明すも有がたき、その時分には、大坂に親き者もなかりしゆへ、未明に立て歸京せり、後に聞ば、西の御堂にても數十人燒死す、船場の中も、爰かしこへ飛火して、一面に火がまはり、燒たてられ、逃る者は風に木葉を散すがごとし、財寶は取次第、落せし物は拾ひ次第、只命を惜むばかりにて、我先へとにげゆく、
新字:二人ともに何成とも食ねば、ゆかれぬといへり、さりながら食と金と、つりがへにても売人なければ、是非なくて、ゆかれ次第往べしと、京橋を渡り片町にて、漸しんこを見あたる、かゝる折ともいはずして、二文のしんこは二文に売、げに天下泰平一統に治る御代の徳なれや、そのしんこにたすけられて、足軽く守口の宿につき、一夜を明すも有がたき、その時分には、大坂に親き者もなかりしゆへ、未明に立て帰京せり、後に聞ば、西の御堂にても数十人焼死す、船場の中も、爰かしこへ飛火して、一面に火がまはり、焼たてられ、逃る者は風に木葉を散すがごとし、財宝は取次第、落せし物は拾ひ次第、只命を惜むばかりにて、我先へとにげゆく、
書き下し
二人ともに何成りとも食はねば、ゆかれぬといへり。さりながら食と金と、つりがへにても売る人なければ、是非なくて、ゆかれ次第往くべしと、京橋を渡り片町にて、漸うしんこを見あたる。かかる折ともいはずして、二文のしんこは二文に売る。げに天下泰平一統に治まる御代の徳なれや。そのしんこにたすけられて、足軽く守口の宿につき、一夜を明かすも有りがたき。その時分には、大坂に親しき者もなかりしゆへ、未明に立ちて帰京せり。後に聞けば、西の御堂にても数十人焼け死す。船場の中も、爰かしこへ飛び火して、一面に火がまはり、焼きたてられ、逃ぐる者は風に木の葉を散らすがごとし。財宝は取り次第、落とせし物は拾ひ次第、只命を惜しむばかりにて、我先へとにげゆく。
現代語訳
二人とも、何でもいいから食べなければ歩けないと言います。しかし食べ物と金を引き換えにしようにも売る人がいないので、仕方なく行けるところまで行こうと、京橋を渡り片町でようやく新粉餅(しんこ)を見つけました。こんなときにもかかわらず、二文のしんこは二文で売っていました。まことに天下泰平、一つに治まる御代の徳でしょう。そのしんこに助けられ、足取りも軽く守口の宿に着いて一夜を明かせたのもありがたいことでした。そのころは大坂に親しい者もいなかったので、夜明け前に発って京へ帰りました。後で聞けば、西の御堂でも数十人が焼け死に、船場の中もあちこちに飛び火して一面に火が回り、逃げる者は風に木の葉が散るようだった。財宝は取り放題、落とした物は拾い放題で、ただ命を惜しんで我先にと逃げたそうです。
解説
この章句が説くこと
関連する章句
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『斉家論』上大坂大火の事を語るべし。予先年大和めぐりし、それより大坂へ出でしは、三月廿一日午の刻ばかり也。千日寺の茶店に休みしに、堀江辺より出火すといふ。焼け出しとは見えながら、すさまじき火なり。折節未申の風はげしく、いきほひつよく丑寅へ吹き付け、黒けぶりの中より、爰かしこに火煙みゆ。其の勢ひたとふべきにあらず。此の風にてはたまるまじとて、備後町油や何某といふ常宿へ行きみれば、うろたゆる体也。馴染の事なれば見捨てがたく、連れのうち両人は跡に残る。某は荷物を持たせ、八軒屋にて待つべしといひ別れぬ。八軒やの浜へ往きて見れば、もはや西本願寺御堂に火かかり、大風ゆへ、外のけぶりはさかまく波のごとくなれど、御堂の煙は、
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『斉家論』上二三十間ばかりも立ちのぼり、すさまじき勢ひ也。火におはれ我先にとにげ走るは、蜘の子ちらすごとくにて、老人や子共は、負うたり懐いたり、手をひいたり、跡を見かへり、泣きもてにぐるものもあり。分けて笑止に見えけるは、廿歳あまりのいやしからぬ女、走りつかれて目をまはし、舟の乗り場へつれ行き、水をのませて居るもあり。又三十計りの女、紫の小袖著て、男のやうに帯刀し、長刀を持ち、赤足に草鞋にて、足より血をながし、下女は風呂敷づつみを負ひ、中間と見えしものは、葛籠をかたげたれば、助くることもならずと見ゆ。其の外難義そふなるもの数をしらず。七つ時迄に天満も一面の火と成り、難波橋も焼け、天神橋へも火かかれりと見る所へ、連れの者も来たれり。
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『斉家論』上財宝所持して逃ぐる事もならず。著のまま逃げても、所々にて弓鉄炮をかまへ辞をかけ、裸に成りてゆけといふ。著のまま也、免せといへば聞き入れず、裸になればよし、否といはば打ちはなすといへり。命に代はる衣類はなしとて、裸に成りて往きし者、数しらずと聞き置けり。戦国の時、食物や著物が撰り分けていらるべきや。虱だらけの物ならで、著ることは成るまじ。其の時木綿布子は重いなどと、理屈がいうてゐられうか。をしいただいて著るべきぞ。又食物に乏しく、おほくはつかれゐるべし。其の時に、麦飯や白粥は嫌なりといふべきや。食ひくるる者あらば、神仏のやうにおもふべし。忝くも今の御代、天下一統に養はるるは、ありがたき事にあらずや。孟子曰く、
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『斉家論』上京橋は人つどひして、夥しき人死にあり。其の外四方八方へにぐるもの、橋の落ちたる所は、舟にてわたらんとすれど、舟には諸道具を積み置きたり。そのうへ船頭なければ、渡るべき自由もならず。渡らんとすれば流れて死する者もありと、数の知れざる死人なれば、子が死し親は残り、親が死し子は残り、夫が死し妻は残り、妻が死し夫は残り、主人は死し家来は残るも有るべし。又其の中には、知音ちかづきなければ、貸借もならず、せんかたなく古郷などへ立ちのき、さぞ難義なる者も有るべし。如斯物語すといへども、我が見聞く所ばかりなれば、十分の一にもあるまじ。又戦国の昔物語を聞けば、押し入り強盗徘徊し、己が住居も成りがたく、他国へにげんとすれば、道にてはぎとり、
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『斉家論』下金三十両あまりつかはしければ、やうやうと飢ゑは助かりゐらるゝなり。然れども売場もことごとく流れたれば、中々商ひの段にてはなく、これまでの売掛を、取りあつめのぼさるゝは、今年とも来年とも、其の限りはしりがたし。此の仕合はせゆへに際払ひもならず。借金を済まさんとすれば、家財まで売り払ひ、赤裸に成るなれば、是も又成りがたき事なり。日比汝の物語を聞くに、難儀の所にて心を悩まさぬが、学問のちからなりといへり。かゝる時、いかんして心をなやまさず、御慶目出度く祝はるべきや。○答ふ、某がいふ通り、そむかず用ひらるゝならば、いと心やすき事なり。望みの通り万々歳を祝ふべし。祝ふといふは他の儀にあらず、正直を守ることなり。正直を守らんと思はゞ、
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『斉家論』下我がいふ所は、正直よりなす倹約なれば、人を助くるに至る。子曰く、人の生くるや直し。之を罔くして生くるは、幸ひにして免るゝなりとのたまへり。これを以てみれば、直ならずして生くるといへども、死人に同じ、恐るべき事なり。それにつき去る春、或る人関東洪水の事によつて問はれし事あり。予が返答せし趣、物語すべし。○或る人の問ひにいはく、何れの方も、際の払ひも例年の通り首尾よく仕舞ひ、正月を祝はる。某も人に遇はば、先づもつて御慶といへば、先方よりも、御無事に重年目出度しといふ。しかれども、我が心苦しければ、一切目出度からず。所以は去年関東の洪水に、我が蔵のごとくに思ひし三軒の得意は、家財より田畠まで流され、身がらほうほう、命を助かられしばかりなり。依りて当分の見舞ひに、