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斉家論 / 上

二三十間ばかりも立のぼり、すさまじき勢也、火におはれ我先にとにげ走るは、蜘の子ちらすごとくにて、老人や子共は、負たり懷たり、手をひいたり、跡を見かへり、泣もてにぐるものもあり、分て笑止に見えけるは、廿歲あまりのいやしからぬ女、走つかれて目をまはし、舟の乘場へつれ行、水をのませて居るもあり、又三十計の女、紫の小袖著て、男のやうに帶刀し、長刀を持、赤足に草鞋にて、足より血をながし、下女は風呂敷づゝみを負、中間と見えしものは、葛籠をかたげたれば、助くることもならずと見ゆ、其外難義そふなるもの數をしらず、七つ時迄に天滿も一面の火と成、難波橋も燒、天神橋へも火かゝれりと見る所へ、連の者も來れり、

新字:二三十間ばかりも立のぼり、すさまじき勢也、火におはれ我先にとにげ走るは、蜘の子ちらすごとくにて、老人や子共は、負たり懐たり、手をひいたり、跡を見かへり、泣もてにぐるものもあり、分て笑止に見えけるは、廿歳あまりのいやしからぬ女、走つかれて目をまはし、舟の乗場へつれ行、水をのませて居るもあり、又三十計の女、紫の小袖著て、男のやうに帯刀し、長刀を持、赤足に草鞋にて、足より血をながし、下女は風呂敷づゝみを負、中間と見えしものは、葛籠をかたげたれば、助くることもならずと見ゆ、其外難義そふなるもの数をしらず、七つ時迄に天満も一面の火と成、難波橋も焼、天神橋へも火かゝれりと見る所へ、連の者も来れり、

書き下し

二三十間ばかりも立ちのぼり、すさまじき勢ひ也。火におはれ我先にとにげ走るは、蜘の子ちらすごとくにて、老人や子共は、負うたり懐いたり、手をひいたり、跡を見かへり、泣きもてにぐるものもあり。分けて笑止に見えけるは、廿歳あまりのいやしからぬ女、走りつかれて目をまはし、舟の乗り場へつれ行き、水をのませて居るもあり。又三十計りの女、紫の小袖著て、男のやうに帯刀し、長刀を持ち、赤足に草鞋にて、足より血をながし、下女は風呂敷づつみを負ひ、中間と見えしものは、葛籠をかたげたれば、助くることもならずと見ゆ。其の外難義そふなるもの数をしらず。七つ時迄に天満も一面の火と成り、難波橋も焼け、天神橋へも火かかれりと見る所へ、連れの者も来たれり。

現代語訳

二、三十間ほども立ちのぼり、すさまじい勢いでした。火に追われて我先にと逃げ走る人々は、蜘蛛の子を散らすようで、老人や子どもを背負ったり抱いたり手を引いたりし、後ろを振り返りながら泣いて逃げる者もいます。とりわけ気の毒に見えたのは、二十歳あまりの身分ありげな女が走り疲れて目を回し、舟の乗り場へ連れて行かれて水を飲ませてもらっている姿でした。また三十ばかりの女が紫の小袖を着て、男のように刀を差し長刀を持ち、裸足に草鞋で足から血を流し、下女は風呂敷包みを背負い、中間と見える者は葛籠を担いでいるので、助けることもできないと見えました。そのほか難儀そうな者は数知れません。夕方の七つ時までに天満も一面の火となり、難波橋も焼け、天神橋にも火がかかったと見ているところへ、連れの者たちも来ました。

解説

大火の描写は、逃げる人々一人ひとりの姿に向けられます。目を回した若い女、紫の小袖に長刀を持ち裸足で血を流す武家の女、荷を負う下女と中間。助けたくても助けられない距離から見た記録です。梅岩はここで悲惨を誇張せず、見たものだけを順に並べています。立派な身なりの者ほど逃げにくい姿でいることも、奢りを論じる本書の文脈では意味深長です。災害の場で身なりや身分が何の役にも立たないことを、梅岩は説教ではなく目撃の描写で伝えています。

この章句が説くこと

大火避難身なり奢り描写非常時

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