斉家論 / 上
しさいらしく口上述ければ、大夫のいはく、其許は當地不案內と見ゆ、京大坂には町家にても、姑や嫁を後室の奧のと稱へられ候や、左樣成上を犯し奢がましき事は、皇太神宮の邊にては、大なる非禮なり、神は非禮を受玉はず、此度參宮せらるゝも、神のめぐみを受ん爲なるに、はるばる參宮せられても、神慮に叶はぬは笑止成事也、大切成旦那のことゆへ、如斯いふ也、忝くも茅ぶきの宮作り、三杵米の御供物を受させ給ふ、其神慮にかなふ禮法を以て、參宮案內致すべし、かやうの事をしらずして、今の世には奢りに長じ、分をしらず仕合よく、十軒口か廿軒口の家を持、三十人か五十人も暮せば、大きな事と思ふより、嫁を御新造の奧のと稱さす、
新字:しさいらしく口上述ければ、大夫のいはく、其許は当地不案内と見ゆ、京大坂には町家にても、姑や嫁を後室の奥のと称へられ候や、左様成上を犯し奢がましき事は、皇太神宮の辺にては、大なる非礼なり、神は非礼を受玉はず、此度参宮せらるゝも、神のめぐみを受ん為なるに、はるばる参宮せられても、神慮に叶はぬは笑止成事也、大切成旦那のことゆへ、如斯いふ也、忝くも茅ぶきの宮作り、三杵米の御供物を受させ給ふ、其神慮にかなふ礼法を以て、参宮案内致すべし、かやうの事をしらずして、今の世には奢りに長じ、分をしらず仕合よく、十軒口か廿軒口の家を持、三十人か五十人も暮せば、大きな事と思ふより、嫁を御新造の奥のと称さす、
書き下し
しさいらしく口上述べければ、大夫のいはく、其許は当地不案内と見ゆ。京大坂には町家にても、姑や嫁を後室の奥のと称へられ候や。左様成る上を犯し奢りがましき事は、皇太神宮の辺にては、大なる非礼なり。神は非礼を受け玉はず。此の度参宮せらるるも、神のめぐみを受けん為なるに、はるばる参宮せられても、神慮に叶はぬは笑止成る事也。大切成る旦那のことゆへ、如斯いふ也。忝くも茅ぶきの宮作り、三杵米の御供物を受けさせ給ふ。其の神慮にかなふ礼法を以て、参宮案内致すべし。かやうの事をしらずして、今の世には奢りに長じ、分をしらず仕合せよく、十軒口か廿軒口の家を持ち、三十人か五十人も暮らせば、大きな事と思ふより、嫁を御新造の奥のと称さす。
現代語訳
もっともらしく口上を述べたところ、大夫は言いました。「あなたはこの土地に不案内と見える。京や大坂では、町家でも姑や嫁を後室だの奥方だのと呼ぶのですか。そのように上を犯す奢りがましいことは、皇大神宮のあたりでは大きな非礼です。神は非礼をお受けになりません。このたびの参宮も神の恵みを受けるためなのに、はるばる参宮されても神慮にかなわないのは気の毒なことです。大切な旦那のことだから、こう申すのです。かたじけなくも神宮は茅葺きのお社で、簡素な御供物をお受けになっています。その神慮にかなう礼法で参宮の案内をいたしましょう。こうしたことを知らずに、今の世の人は奢りをつのらせ、分をわきまえず、運よく間口十軒か二十軒の家を持ち、三十人か五十人も抱えて暮らすようになると大したものだと思い込み、嫁を御新造様だの奥方様だのと呼ばせるのです。
解説
この章句が説くこと
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