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斉家論 / 上

結構成ものさへ著れば善ことゝおもひ、見るを見まねに、我しらずして奢に長じ、貴賤尊卑の禮をみだる、是をとゞめん其爲に、止事を得ず爭ふなり、凡て世の有樣を見來るに、町家ほど衰へ安きものはなし、其根源を尋れば、愚痴といふ病なり、其愚痴が忽變じて奢となる、愚痴と奢と二なれど、分がたきことを語るべし、或富家の町人、姑嫁を同道にて參宮す、上下三十人計ありとかや、小畑の宿にて休み、支配手代は先達て大夫殿へ案內す、彼思ふは、恐らく此大夫にて金持の一旦那は、我親方にて有べしと、慢心顏にて居たりしが、大夫殿出られければ、彼手代のいはく、此度後室奧方兩人共に參宮いたし候、萬事宜く御世話賴存ると、

新字:結構成ものさへ著れば善ことゝおもひ、見るを見まねに、我しらずして奢に長じ、貴賤尊卑の礼をみだる、是をとゞめん其為に、止事を得ず争ふなり、凡て世の有様を見来るに、町家ほど衰へ安きものはなし、其根源を尋れば、愚痴といふ病なり、其愚痴が忽変じて奢となる、愚痴と奢と二なれど、分がたきことを語るべし、或富家の町人、姑嫁を同道にて参宮す、上下三十人計ありとかや、小畑の宿にて休み、支配手代は先達て大夫殿へ案内す、彼思ふは、恐らく此大夫にて金持の一旦那は、我親方にて有べしと、慢心顔にて居たりしが、大夫殿出られければ、彼手代のいはく、此度後室奥方両人共に参宮いたし候、万事宜く御世話頼存ると、

書き下し

結構成るものさへ著れば善きことと思ひ、見るを見まねに、我しらずして奢りに長じ、貴賤尊卑の礼をみだる。是をとどめん其の為に、止む事を得ず争ふなり。凡て世の有様を見来たるに、町家ほど衰へ安きものはなし。其の根源を尋ぬれば、愚痴といふ病なり。其の愚痴が忽ち変じて奢りとなる。愚痴と奢りと二つなれど、分けがたきことを語るべし。或る富家の町人、姑嫁を同道にて参宮す。上下三十人計りありとかや。小畑の宿にて休み、支配手代は先達て大夫殿へ案内す。彼思ふは、恐らく此の大夫にて金持ちの一旦那は、我が親方にて有るべしと、慢心顔にて居たりしが、大夫殿出でられければ、彼手代のいはく、此の度後室奥方両人共に参宮いたし候。万事宜しく御世話頼み存ずると、

現代語訳

立派なものさえ着ればよいと思い、見よう見まねで知らず知らず奢りを募らせ、身分の尊卑の礼を乱します。これをとどめるために、やむを得ず争うのです。およそ世のありさまを見てくると、町家ほど衰えやすいものはありません。その根源をたずねれば、愚痴という病です。その愚痴がたちまち変じて奢りになる。愚痴と奢りは二つですが、分けがたいものであることを話しましょう。ある富裕な町人が、姑と嫁を連れて伊勢参りをしました。供を合わせて三十人ばかりだったとか。小畑の宿で休み、支配手代が先に御師(大夫)のもとへ案内に行きました。手代は、この大夫の旦那衆で一番の金持ちはうちの親方だろうと、得意顔で待っていましたが、大夫が出てくると、「このたびは後室様と奥方様がお二人で参宮されます。万事よろしくお世話を頼みます」と、

解説

梅岩は町家が衰えやすい根源を「愚痴」と診断します。ここでの愚痴は不平のことではなく、仏教語の愚痴、つまり物の道理に暗いことです。道理が見えないから、見よう見まねで奢りに流れる。愚痴と奢りは分けられない、という指摘を実例で示すのが伊勢参りの話です。三十人の供を連れた富商の一行で、支配手代は主人が御師の上客だと得意になり、姑と嫁を「後室様・奥方様」と武家風に呼ばせようとします。御師とは伊勢神宮の参詣者を案内し宿を世話した神職で、全国に旦那と呼ぶ得意先を持っていました。

この章句が説くこと

愚痴奢り御師伊勢参り町家衰え

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