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斉家論 / 上

曰、汝が門弟の中、俄に儉約を用ひらるゝにより、もしは身上のもつれにてもあらんやと心もとなく、いかなる事ぞと問しかば、師が好む所なりといへり、學者の上にて約を守るは、常の事なり、しかるを人にかはり、あはたゞしく行ふゆへ、爭ひおこる、予が思ふは、世間と一同にするが善かるべし、旣聖人は、民の心を以て心とし、民の好む所をこのみ、民の惡む所をにくみ、民と心を一にしたまふゆへ、民の父母共いふ、今民のこのむ所は、衣裳に美をつくし、純子、縮緬、綾錦、鹿子、縫薄類、著かざることをよろこべり、其外普請等をきれいに作り、諸道具には、蒔繪鉛梨子地を用ひたり、又喰物は、常々魚類鳥類おほくつかひ、振舞等には、

新字:曰、汝が門弟の中、俄に倹約を用ひらるゝにより、もしは身上のもつれにてもあらんやと心もとなく、いかなる事ぞと問しかば、師が好む所なりといへり、学者の上にて約を守るは、常の事なり、しかるを人にかはり、あはたゞしく行ふゆへ、争ひおこる、予が思ふは、世間と一同にするが善かるべし、既聖人は、民の心を以て心とし、民の好む所をこのみ、民の悪む所をにくみ、民と心を一にしたまふゆへ、民の父母共いふ、今民のこのむ所は、衣裳に美をつくし、純子、縮緬、綾錦、鹿子、縫薄類、著かざることをよろこべり、其外普請等をきれいに作り、諸道具には、蒔絵鉛梨子地を用ひたり、又喰物は、常々魚類鳥類おほくつかひ、振舞等には、

書き下し

曰く、汝が門弟の中、俄かに倹約を用ひらるるにより、もしは身上のもつれにてもあらんやと心もとなく、いかなる事ぞと問ひしかば、師が好む所なりといへり。学者の上にて約を守るは、常の事なり。しかるを人にかはり、あわただしく行ふゆへ、争ひおこる。予が思ふは、世間と一同にするが善かるべし。既に聖人は、民の心を以て心とし、民の好む所をこのみ、民の悪む所をにくみ、民と心を一にしたまふゆへ、民の父母共いふ。今民のこのむ所は、衣裳に美をつくし、純子、縮緬、綾錦、鹿子、縫薄類、著かざることをよろこべり。其の外普請等をきれいに作り、諸道具には、蒔絵鉛梨子地を用ひたり。又喰ひ物は、常々魚類鳥類おほくつかひ、振舞等には、

現代語訳

学者は言いました。「あなたの門弟の中に急に倹約を始めた者がいるので、もしや家計のもつれでもあるのかと心配して、どうしたのかと尋ねると、師の好むところだと言う。学者の身で約を守るのは当たり前のことだ。それを人と違って慌ただしく行うから争いが起きる。私が思うに、世間と同じようにするのがよいだろう。聖人は民の心を自分の心とし、民の好むものを好み、民の憎むものを憎み、民と心を一つにされたから、民の父母とも言われる。今、民の好むのは、衣裳に美を尽くし、緞子・縮緬・綾錦・鹿の子絞り・縫箔などで着飾ることだ。そのほか家をきれいに普請し、道具には蒔絵や鉛梨子地を用いる。食べ物は日ごろから魚や鳥を多く使い、もてなしには、

解説

学者の反論は筋が通っています。聖人は民と好悪を一にするから民の父母と呼ばれる、というのは大学の「民の好む所は之を好み、民の悪む所は之を悪む、此れを之れ民の父母と謂ふ」に基づく議論です。今の民が好むのは着飾ることや美しい普請や魚鳥の料理なのだから、世間と同じようにすればよい、と言うのです。この学者は倹約そのものではなく、急に世間と違うことをして摩擦を起こすことを咎めています。慣行に合わせるのが上に立つ者の徳だという、今の組織でもよく聞く論理で、梅岩がどう答えるかが次の見どころです。

この章句が説くこと

世間大学奢り慣行反論

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