甲陽軍鑑 / 品第六
長坂長閑老跡部大炊の介殿、我等なき跡にて此書をひけんおはしませ、當時吾朝にて名大將幼少よりの行跡まで奉記之物ごと本をたゞし給へとのこと也、日月欲明浮雲掩之河水欲清砂石穢之人性欲乎暗欲害之、古語にもみへたり、信玄公連々仰られしことを某し聞き書いたし今紙面にあらはす者也、
新字:長坂長閑老跡部大炊の介殿、我等なき跡にて此書をひけんおはしませ、当時吾朝にて名大将幼少よりの行跡まで奉記之物ごと本をたゞし給へとのこと也、日月欲明浮雲掩之河水欲清砂石穢之人性欲乎暗欲害之、古語にもみへたり、信玄公連々仰られしことを某し聞き書いたし今紙面にあらはす者也、
書き下し
長坂長閑老跡部大炊の介殿、我等なき跡にて此書をひけんおはしませ、当時吾朝にて名大将幼少よりの行跡まで奉記之物ごと本をたゞし給へとのこと也、日月欲明浮雲掩之河水欲清砂石穢之人性欲乎暗欲害之、古語にもみへたり、信玄公連々仰られしことを某し聞き書いたし今紙面にあらはす者也、
現代語訳
長坂長閑老、跡部大炊の介殿、我らなき跡にてこの書をご披見おわしませ。当時、吾が朝にて名大将の幼少よりの行跡まで記し奉る、物ごと本を糺し給えとの事である。日月は明らかであろうとするが浮雲がこれを掩い、河水は清くあろうとするが砂石がこれを穢し、人の性は平らかであろうとするが欲がこれを害する。古語にも見えている。信玄公が常々仰せられた事を、それがしが聞き書きいたし、今、紙面に表す者である。
解説
品の結びで、宛先の二人に向かって書き残す理由を述べている。日月も河水も、そのままなら明るく清いのに、外から来る物が濁らせる。人も同じで、欲が本来の平らかさを害する。だからこそ名将たちの幼少の行跡を並べて、本を糺せと言う。日月も河水も、そのままなら明るく清いのに、外から来る物が濁らせる。人も同じで、欲が本来の平らかさを害するという理屈である。

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本の中身を見るこの章句が説くこと
日月浮雲欲曇り本書き残す
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