呂氏春秋 / 似順②
荊莊王欲伐陳,使人視之。使者曰:「陳不可伐也。」莊王曰:「何故?」對曰:「城郭高,溝洫深,蓄積多也。」寧國曰:「陳可伐也。夫陳,小國也,而蓄積多,賦斂重也,則民怨上矣;城郭高,溝洫深,則民力罷矣。興兵伐之,陳可取也。」莊王聽之,遂取陳焉。
新字:荊荘王欲伐陳,使人視之。使者曰:「陳不可伐也。」荘王曰:「何故?」対曰:「城郭高,溝洫深,蓄積多也。」寧国曰:「陳可伐也。夫陳,小国也,而蓄積多,賦斂重也,則民怨上矣;城郭高,溝洫深,則民力罷矣。興兵伐之,陳可取也。」荘王聴之,遂取陳焉。
書き下し
荊の莊王、陳を伐たんと欲し、人をして之を視しむ。使者曰く、「陳は伐つ可からざるなり。」莊王曰く、「何の故ぞ。」對えて曰く、「城郭高く、溝洫深く、蓄積多ければなり。」寧國曰く、「陳は伐つ可きなり。夫れ陳は小國なり、而るに蓄積多きは、賦斂重ければなり。則ち民、上を怨む。城郭高く、溝洫深ければ、則ち民力罷る。兵を興して之を伐てば、陳は取る可きなり。」莊王、之を聽き、遂に陳を取る。
現代語訳
楚の荘王が陳を討とうとして偵察させた。使者は「陳は討てません」と言う。理由を問うと「城壁は高く、堀は深く、蓄えが多いからです」と答えた。すると寧国は「陳は討てます。陳は小国なのに蓄えが多いのは税が重いからで、民は上を怨んでいます。城壁が高く堀が深いのは民が疲弊しているからです。兵を挙げれば陳は取れます」と言った。荘王はこれに従い、ついに陳を取った。
解説
この段は、同じ事実でも読み方次第で正反対の結論になる例です。城壁の高さ、堀の深さ、蓄えの多さを、使者は「守りが堅い」と見ましたが、寧国は「重税と民の疲弊の証拠」と読み替えました。背景には、国力の外形と民心の実態を区別する戦国の現実政治があります。荘王は表面の強さではなく内部の弱さを衝いて陳を得ました。現代の企業分析でも、豪華な設備や潤沢な内部留保が必ずしも健全さを意味せず、その裏に無理な負担や現場の疲弊が潜むことがあります。数字の見かけではなく、それを生み出した構造を問う姿勢の大切さを教えてくれます。
この章句が説くこと
荘王陳寧国民心重税国力の見極め
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