呂氏春秋 / 愼勢⑥
莊王圍宋九月,康王圍宋五月,聲王圍宋十月。楚三圍宋矣而不能亡,非不可亡也,以宋攻楚,奚時止矣?凡功之立也,賢不肖彊弱治亂異也。
新字:荘王囲宋九月,康王囲宋五月,声王囲宋十月。楚三囲宋矣而不能亡,非不可亡也,以宋攻楚,奚時止矣?凡功之立也,賢不肖彊弱治乱異也。
書き下し
莊王、宋を圍むこと九月、康王、宋を圍むこと五月、聲王、宋を圍むこと十月。楚、三たび宋を圍みて亡ぼすこと能わざるは、亡ぼす可からざるに非ざるなり。宋を以て楚を攻むれば、奚の時にか止まん。凡そ功の立つや、賢不肖・彊弱・治亂異なればなり。
現代語訳
楚の荘王は宋を九か月囲み、康王は五か月囲み、声王は十か月囲んだ。楚が三度も宋を囲みながら滅ぼせなかったのは、滅ぼせなかったからではない。もし逆に宋の側の力で楚を攻めたとしたら、いったいいつになったら決着がつくだろうか。徳のない者どうしでは決着がつかないのだ。そもそも功業が成り立つのは、賢と不肖、強と弱、治と乱の差があるからである。
解説
この段は、楚が三代にわたり延べ長期間宋を囲みながら滅ぼせなかった史実を引き、力の差すなわち勢いがなければ功業は成らないと説きます。宋の側が楚を攻めたらなおさら決着がつかない、というのは、両者に決定的な力量の差がないからです。功業が成り立つのは、賢愚・強弱・治乱の落差があってこそだと結びます。前段までの勢の議論を歴史の実例で裏づけた一節です。互角どうしのぶつかり合いは長引くだけで決着せず、明確な優位差があって初めて成果が出るという指摘は、拮抗より優位性の確保が勝敗を決めるという競争戦略の見方にも通じます。
この章句が説くこと
慎勢楚と宋荘王勢賢不肖優位性
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