呂氏春秋 / 求人⑤
晉人欲攻鄭,令叔嚮聘焉,視其有人與無人。子產為之詩曰:「子惠思我,褰裳涉洧;子不我思,豈無他士?」叔嚮歸曰:「鄭有人,子產在焉,不可攻也。秦、荊近,其詩有異心,不可攻也。」晉人乃輟攻鄭。孔子曰:「《詩》云:『無競惟人。』子產一稱而鄭國免。」
新字:晉人欲攻鄭,令叔嚮聘焉,視其有人与無人。子産為之詩曰:「子恵思我,褰裳渉洧;子不我思,豈無他士?」叔嚮帰曰:「鄭有人,子産在焉,不可攻也。秦、荊近,其詩有異心,不可攻也。」晉人乃輟攻鄭。孔子曰:「《詩》云:『無競惟人。』子産一称而鄭国免。」
書き下し
晉人、鄭を攻めんと欲し、叔嚮をして聘せしめ、其の人有ると人無きとを視しむ。子產之に詩を為りて曰く、「子、惠して我を思わば、裳を褰げて洧を渉らん。子、我を思わずんば、豈に他士無からんや。」叔嚮歸りて曰く、「鄭に人有り。子產焉に在り。攻む可からざるなり。秦・荊近くして、其の詩に異心有り。攻む可からざるなり。」晉人乃ち鄭を攻むるを輟む。孔子曰く、「詩に云う、『競きこと無からんや、惟の人。』子產一たび稱して鄭國免れたり。」
現代語訳
晋の人が鄭を攻めようとして、叔嚮を使者として鄭を訪ねさせ、鄭に人材がいるかいないかを探らせた。子産は叔嚮のためにこう詩を詠んだ。「あなたが情けをかけて私を思ってくださるなら、裳の裾をからげて洧水を渡ってでも参りましょう。あなたが私を思ってくださらないのなら、私に他の相手がないとでもいうのでしょうか。」叔嚮は帰って言った。「鄭には人材がいます。子産がいます。攻めてはなりません。しかも秦・楚が近くにあり、その詩には晋以外にも頼る相手があるという二心がうかがえます。攻めてはなりません。」そこで晋の人は鄭を攻めるのをやめた。孔子は言った。「詩経に『何よりも強いのは人材である』とある。子産が一度詩を口ずさんだだけで、鄭の国は難を免れたのだ。」
解説
晋が鄭を攻めようと使者の叔嚮を送り込み、鄭に人材がいるか探らせた時、宰相の子産が一篇の詩を巧みに詠んで応じ、それだけで晋に攻撃を思いとどまらせた逸話です。子産の詩は、晋が誠意を見せれば従うが、そうでなければ秦や楚など他に頼る相手もあるという含みを持ち、叔嚮はそこに鄭の人材と二心を読み取りました。孔子はこれを「何より強いのは人材だ」と評します。春秋期の外交では、一人の賢臣の存在が国の安危を左右しました。優れた人材が一人いるだけで、武力に訴えるまでもなく国難を退けられるという例は、人材こそが最大の防御であり抑止力になることを示し、人の力を重んじる現代にも通じます。
この章句が説くこと
求人子産叔嚮晋と鄭孔子人材
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