呂氏春秋 / 期賢③
魏文侯過段干木之閭而軾之,其僕曰:「君胡為軾?」曰:「此非段干木之閭歟?段干木蓋賢者也,吾安敢不軾?且吾聞段干木未嘗肯以己易寡人也,吾安敢驕之?段干木光乎德,寡人光乎地;段干木富乎義,寡人富乎財。」其僕曰:「然則君何不相之?」於是君請相之,段干木不肯受。則君乃致祿百萬,而時往館之。於是國人皆喜,相與誦之曰:「吾君好正,段干木之敬;吾君好忠,段干木之隆。」居無幾何,秦興兵欲攻魏,司馬唐諫秦君曰:「段干木賢者也,而魏禮之,天下莫不聞,無乃不可加兵乎!」秦君以為然,乃按兵輟不敢攻之。魏文侯可謂善用兵矣。嘗聞君子之用兵,莫見其形,其功已成,其此之謂也。野人之用兵也,鼓聲則似雷,號呼則動地,塵氣充天,流矢如雨,扶傷輿死,履腸涉血,無罪之民其死者量於澤矣,而國之存亡、主之死生猶不可知也,其離仁義亦遠矣。
新字:魏文侯過段干木之閭而軾之,其僕曰:「君胡為軾?」曰:「此非段干木之閭歟?段干木蓋賢者也,吾安敢不軾?且吾聞段干木未嘗肯以己易寡人也,吾安敢驕之?段干木光乎徳,寡人光乎地;段干木富乎義,寡人富乎財。」其僕曰:「然則君何不相之?」於是君請相之,段干木不肯受。則君乃致禄百万,而時往館之。於是国人皆喜,相与誦之曰:「吾君好正,段干木之敬;吾君好忠,段干木之隆。」居無幾何,秦興兵欲攻魏,司馬唐諫秦君曰:「段干木賢者也,而魏礼之,天下莫不聞,無乃不可加兵乎!」秦君以為然,乃按兵輟不敢攻之。魏文侯可謂善用兵矣。嘗聞君子之用兵,莫見其形,其功已成,其此之謂也。野人之用兵也,鼓声則似雷,号呼則動地,塵気充天,流矢如雨,扶傷輿死,履腸渉血,無罪之民其死者量於沢矣,而国之存亡、主之死生猶不可知也,其離仁義亦遠矣。
書き下し
魏の文侯、段干木の閭を過ぎて之に軾す。其の僕曰く、「君胡為れぞ軾す。」曰く、「此れ段干木の閭に非ずや。段干木は蓋し賢者なり。吾、安くんぞ敢て軾せざらん。且つ吾聞く、段干木は未だ嘗て肯えて己を以て寡人に易えざるなり、と。吾安くんぞ敢て之に驕らん。段干木は德に光き、寡人は地に光き、段干木は義に富み、寡人は財に富む。」其の僕曰く、「然らば則ち君何ぞ之を相とせざる。」是に於て君、之に相たらんことを請う。段干木肯てえ受けず。則ち君乃ち祿百萬を致し、而して時に往き之に館す。是に於て國人皆喜び、相與に之を誦して曰く、「吾が君は正を好み、段干木を之れ敬す。吾が君は忠を好み、段干木を之れ隆ぶ。」居ること幾何も無く、秦、兵を興して魏を攻めんと欲す。司馬唐、秦君を諫めて曰く、「段干木は賢者なり。而して魏は之を禮す。天下聞かざるは莫し。乃ち兵を加う可からざること無からんか。」秦君以て然りと為し、乃ち兵を按じ輟めて敢て之を攻めず。魏の文侯、善く兵を用いたりと謂う可し。嘗て聞く、君子の兵を用うるや、其の形を見わすこと莫くして、其の功已に成る、と。其れ此を之れ謂うなり。野人の兵を用うるや、鼓聲は則ち雷に似、號呼は則ち地を動かし、塵氣天に充ち、流矢雨の如く、傷を扶け死を輿し、腸を履み血を渉る。無罪の民、其の死する者、澤に量つ。而して國の存亡、主の死生は猶ほ知る可からざるなり。其の仁義を離るること亦た遠し。
現代語訳
魏の文侯が段干木の里の門を通るとき、車上で敬礼した。従者が「殿はなぜ敬礼を」と問うと、文侯は「これは段干木の里ではないか。段干木は賢者だ。どうして敬礼せずにおれよう。段干木はこれまで自分の地位を私(寡人)と取り替えようとしたことがないと聞く。どうして彼に驕れよう。段干木は徳に輝き、私は領地に輝く。段干木は義に富み、私は財に富む」と答えた。従者が「ならばなぜ宰相になさらぬのか」と言うので、文侯は宰相になるよう請うたが、段干木は受けなかった。そこで文侯は百万の禄を贈り、時おり訪ねて宿とした。国人はみな喜び、口々に「わが君は正を好み段干木を敬い、わが君は忠を好み段干木を尊ぶ」とうたった。ほどなく秦が兵を起こして魏を攻めようとしたが、司馬唐が秦君を諫めて「段干木は賢者で、魏は彼を礼遇している。天下に知らぬ者はない。兵を加えてはならぬのではないか」と言った。秦君はもっともだと思い、兵を止めて攻めなかった。魏の文侯はよく兵を用いたと言える。かつて「君子の用兵は、その形を見せぬうちに功が成る」と聞くが、まさにこのことだ。野人の用兵は、鼓の音は雷のよう、叫び声は地を揺るがし、砂塵は天を覆い、流れ矢は雨のよう、傷者を助け死者を運び、はらわたを踏み血の中を渡り、罪なき民の死者は沢を満たすほどなのに、国の存亡も君主の生死もなお分からない。仁義から遠く離れているのだ。
解説
この章句が説くこと
関連する章句
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史記 魏世家文侯子夏に経藝を受け、段干木を客とし、其の閭を過ぐるに、未だ嘗て軾せずんばあらず。秦嘗て魏を伐たんと欲す、或いは曰く、「魏君賢人是れ礼す、国人仁と称す、上下和合す、未だ図る可からず」と。文侯此に由りて誉を諸侯に得たり。
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呂氏春秋・下賢⑥魏の文侯、段干木を見るや、立ちて倦めども敢て息わず。反りて翟黄を見れば、堂に踞して之と言う。翟黄説ばず。文侯曰く、「段干木は之を官せんとすれば則ち肯ぜず。之に祿せんとすれば則ち受けず。今女は官を欲すれば則ち相位たり、祿を欲すれば則ち上卿たり。既に吾が實を受け、又吾が禮を責むるは、乃ち難きこと無からんか。」故に賢主の人を畜うや、實を受くるを肯ぜざる者は其れ之を禮す。士を禮するは欲を節するよりも高きは莫し。欲節すれば則ち令行わる。文侯は士を禮するを好むと謂う可し。士を禮するを好む、故に南のかた荊に連隄に勝ち、東のかた齊に長城に勝ち、齊侯を虜として、諸を天子に獻ず。天子、文侯を賞するに上卿を以てす。
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説苑・尊賢魏の文侯段干木を見るに、立ちて倦むも敢えて息わず。翟璜を見るに及びて、堂に踞して之と言う、翟璜説ばず。文侯曰く、「段干木は、之を官せんとすれば肯んぜず、之を禄せんとすれば受けず。今汝は官を欲すれば則ち相に至り、禄を欲すれば則ち上卿たり。既に吾が賞を受けて、又吾が礼を責む、乃ち難からずや」と。
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説苑・尊賢魏の文侯、中山より安邑に奔命す。田子方之に従う。夫子撃(太子撃)之に過ぐるに、車を下りて趨る。子方坐乗すること故の如し。太子に告げて曰く、「我が為に君に請え、我が朝歌するを待て」と。太子説ばず、因りて子方の為に曰く、「貧窮なる者の人に驕るを識らざるか、富貴なる者の人に驕るをや」と。子方曰く、「貧窮なる者は人に驕る、富貴なる者は安んぞ敢えて人に驕らんや。人主人に驕りて其の国を亡ぼす、吾未だ国を以て亡ぶるを待つ者を見ざるなり。大夫人に驕りて其の家を亡ぼす、吾未だ家を以て亡ぶるを待つ者を見ざるなり。貧窮なる者若し意を得ずんば、履を納れて去る、安くに往くとして貧窮を得ざらんや。貧窮なる者は人に驕る、富貴なる者は安んぞ敢えて人に驕らんや」と。太子及び文侯、田子方の語を道う。文侯歎じて曰く、「吾が子の故に非ずんば、吾安んぞ賢人の言を聞くを得んや。吾子方に下るに行を以てし、得て之を友とせり。吾子方を友としてより、君臣益々親しみ、百姓益々附す、吾是を以て士を友とするの功を得たり。我中山を伐たんと欲するに、吾武を以て楽羊に下る、三年にして中山我に献ぜらる、我是を以て武を有つの功を得たり。吾此に少しく進む所以の者は、吾未だ智を以て我に驕る者を見ざればなり。若し智を以て我に驕る者を得ば、豈古の人に及ばざらんや」と。
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呂氏春秋・期賢②趙簡子晝居し、喟然として太息して曰く、「異なるかな。吾、衛を伐たんと欲すること十年、而るに衛伐たず。」侍者曰く、「趙の大を以て、而して衛の細を伐つ、君若し欲せずんば則ち可なり。君若し之を欲せば、請う令して之を伐たんことを。」簡子曰く、「而の言の如からざるなり。衛に士十人有り、吾が所に於り。吾乃ち且に之を伐たんとすれば、十人の者、其の不義を言うなり。而して我之を伐たば、是れ我不義を為すなり。」故に簡子の時、衛十人の者を以て趙の兵を按じ、簡子の身を歿せしめたり。衛は人を用うることを知れりと謂う可し。十士を遊ばして、國家安きを得たり。簡子は好く諫に從えりと謂う可し。十士に聽きて小を侵し弱を奪うの名無し。
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呂氏春秋・察賢①今、良醫此に有り。十人を治めて九人を起こせば、以て之を求むる所のもの萬なり。故より賢者の功名を致すや、良醫より必せり。而るに人に君たる者、疾く求むることを知らず。豈に過たずや。今夫れ塞する者、勇力・時日・卜筮・禱祠、事とする無し。善くする者必ず勝てばなり。功名を立つるも亦た然り。要は賢を得るに在り。魏の文侯、卜子夏を師とし、田子方を友とし、段干木に禮して、國治まり身逸す。天下の賢主、豈に必ずしも苦形愁慮せんや。其の要を執るのみ。雪霜雨露時なれば、則ち萬物育ち、人民修まり、疾病妖厲去る。故に曰く、「堯の容は衣裘を委するが若し。」以て事少きを言うなり。