史記 / 魏世家
文侯受子夏經藝,客段干木,過其閭,未嘗不軾也。秦嘗欲伐魏,或曰:『魏君賢人是禮,國人稱仁,上下和合,未可圖也。』文侯由此得譽於諸侯。
新字:文侯受子夏経芸,客段干木,過其閭,未嘗不軾也。秦嘗欲伐魏,或曰:『魏君賢人是礼,国人称仁,上下和合,未可図也。』文侯由此得誉於諸侯。
書き下し
文侯子夏に経藝を受け、段干木を客とし、其の閭を過ぐるに、未だ嘗て軾せずんばあらず。秦嘗て魏を伐たんと欲す、或いは曰く、「魏君賢人是れ礼す、国人仁と称す、上下和合す、未だ図る可からず」と。文侯此に由りて誉を諸侯に得たり。
現代語訳
文侯は子夏に経書と学芸を学び、段干木を賓客として遇し、その住む里を通るときは、必ず車の横木に手をかけて敬礼した。秦がかつて魏を討とうとしたとき、ある者が言った。「魏の君は賢人を礼遇している。国じゅうの人が仁と称え、上下は和合している。まだ手を出せる相手ではない」。文侯はこれによって諸侯の間で名声を得た。
解説
「賢者を敬い、人心をまとめている国は、敵国さえ、攻めることをためらう」——魏の文侯の、賢者への礼遇が、最大の防衛となった一段です。魏の文侯は、(当代随一の学者である)子夏に師事して、学問を修め、また、(仕官を拒んで隠棲していた、)高潔な賢者・段干木を、賓客として、厚く遇していました。その敬意の払い方は、徹底していました。文侯は、馬車で、段干木の住む、村里の門前を、通りかかるたびに——「一度たりとも、(馬車の前の横木に手をかけて、)礼をせずに、通り過ぎたことが、なかった(未嘗不軾也)」というのです。国の君主が、一介の隠者に対して、その家の前を通るたびに、必ず、頭を下げる。この、徹底した、賢者への敬意が、思わぬ効果を、生みました。あるとき、強国・秦が、魏を、攻め取ろうと、計画しました。しかし、ある者が、こう進言して、これを止めたのです。「(おやめなさい。)魏の君主は、賢者を、(あれほど、)礼をもって、遇しています。(だから、)魏の国民は、(その君主を、)『仁徳のある君主だ』と、称えている。上(君主)と下(民)が、心を一つにして、和合しているのです。(そのような国は、)とても、(付け入る隙がなく、)攻め取ることなど、できません(上下和合、未可圖也)」と。秦は、この進言に従い、魏への攻撃を、断念しました。賢者を敬い、人心をまとめていたことが——強大な軍事力にも勝る、最強の「防衛」と、なったのです。そして、文侯の名声は、これによって、諸侯の間に、広く、知れ渡りました。ここに、人心と防衛についての教訓があります。第一に、上に立つ者が、(地位の低い者や、隠れた賢者にさえ、)徹底した敬意を払うこと(未嘗不軾)が、その人柄への、深い信頼を、生むということ。形だけでなく、日々の、徹底した、敬意の実践。第二に、そして、そうして、「賢者を敬い、人心が、上下でまとまっている」組織は——外部から見て、付け入る隙がなく、攻撃されにくい、ということ(上下和合、未可圖也)。組織の、最強の防衛は、(軍備や、資本ではなく、)内部の、結束と、信頼である。第三に、逆に言えば、内部が、分裂し、人心が離れている組織は、どれほど、規模が大きくとも、外部から、容易に、付け入られるということ。組織や経営で、上に立つ者が地位の低い者や賢者に徹底した敬意を払うこと、賢者を敬い人心が上下でまとまった組織は外部から付け入る隙がないと知ること、そして最強の防衛が軍備や資本でなく内部の結束と信頼だと理解すること——文侯の礼遇は、人心こそが最強の守りであることを教えます。
この章句が説くこと
魏文侯段干木を礼遇未嘗不軾賢者への徹底した敬意魏君賢人是礼国人称仁上下和合未可図也
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呂氏春秋・期賢③魏の文侯、段干木の閭を過ぎて之に軾す。其の僕曰く、「君胡為れぞ軾す。」曰く、「此れ段干木の閭に非ずや。段干木は蓋し賢者なり。吾、安くんぞ敢て軾せざらん。且つ吾聞く、段干木は未だ嘗て肯えて己を以て寡人に易えざるなり、と。吾安くんぞ敢て之に驕らん。段干木は德に光き、寡人は地に光き、段干木は義に富み、寡人は財に富む。」其の僕曰く、「然らば則ち君何ぞ之を相とせざる。」是に於て君、之に相たらんことを請う。段干木肯てえ受けず。則ち君乃ち祿百萬を致し、而して時に往き之に館す。是に於て國人皆喜び、相與に之を誦して曰く、「吾が君は正を好み、段干木を之れ敬す。吾が君は忠を好み、段干木を之れ隆ぶ。」居ること幾何も無く、秦、兵を興して魏を攻めんと欲す。司馬唐、秦君を諫めて曰く、「段干木は賢者なり。而して魏は之を禮す。天下聞かざるは莫し。乃ち兵を加う可からざること無からんか。」秦君以て然りと為し、乃ち兵を按じ輟めて敢て之を攻めず。魏の文侯、善く兵を用いたりと謂う可し。嘗て聞く、君子の兵を用うるや、其の形を見わすこと莫くして、其の功已に成る、と。其れ此を之れ謂うなり。野人の兵を用うるや、鼓聲は則ち雷に似、號呼は則ち地を動かし、塵氣天に充ち、流矢雨の如く、傷を扶け死を輿し、腸を履み血を渉る。無罪の民、其の死する者、澤に量つ。而して國の存亡、主の死生は猶ほ知る可からざるなり。其の仁義を離るること亦た遠し。
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呂氏春秋・下賢⑥魏の文侯、段干木を見るや、立ちて倦めども敢て息わず。反りて翟黄を見れば、堂に踞して之と言う。翟黄説ばず。文侯曰く、「段干木は之を官せんとすれば則ち肯ぜず。之に祿せんとすれば則ち受けず。今女は官を欲すれば則ち相位たり、祿を欲すれば則ち上卿たり。既に吾が實を受け、又吾が禮を責むるは、乃ち難きこと無からんか。」故に賢主の人を畜うや、實を受くるを肯ぜざる者は其れ之を禮す。士を禮するは欲を節するよりも高きは莫し。欲節すれば則ち令行わる。文侯は士を禮するを好むと謂う可し。士を禮するを好む、故に南のかた荊に連隄に勝ち、東のかた齊に長城に勝ち、齊侯を虜として、諸を天子に獻ず。天子、文侯を賞するに上卿を以てす。
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