呂氏春秋 / 下賢⑥
魏文侯見段干木,立倦而不敢息,反見翟黃,踞於堂而與之言。翟黃不說。文侯曰:“段干木官之則不肯,祿之則不受。今女欲官則相位,欲祿則上卿,既受吾實,又責吾禮,無乃難乎?”故賢主之畜人也,不肯受實者其禮之。禮士莫高乎節欲,欲節則令行矣,文侯可謂好禮士矣。好禮士故南勝荊於連隄;東勝齊於長城,虜齊侯,獻諸天子,天子賞文侯以上卿。
新字:魏文侯見段干木,立倦而不敢息,反見翟黄,踞於堂而与之言。翟黄不説。文侯曰:“段干木官之則不肯,禄之則不受。今女欲官則相位,欲禄則上卿,既受吾実,又責吾礼,無乃難乎?”故賢主之畜人也,不肯受実者其礼之。礼士莫高乎節欲,欲節則令行矣,文侯可謂好礼士矣。好礼士故南勝荊於連隄;東勝斉於長城,虜斉侯,献諸天子,天子賞文侯以上卿。
書き下し
魏の文侯、段干木を見るや、立ちて倦めども敢て息わず。反りて翟黄を見れば、堂に踞して之と言う。翟黄説ばず。文侯曰く、「段干木は之を官せんとすれば則ち肯ぜず。之に祿せんとすれば則ち受けず。今女は官を欲すれば則ち相位たり、祿を欲すれば則ち上卿たり。既に吾が實を受け、又吾が禮を責むるは、乃ち難きこと無からんか。」故に賢主の人を畜うや、實を受くるを肯ぜざる者は其れ之を禮す。士を禮するは欲を節するよりも高きは莫し。欲節すれば則ち令行わる。文侯は士を禮するを好むと謂う可し。士を禮するを好む、故に南のかた荊に連隄に勝ち、東のかた齊に長城に勝ち、齊侯を虜として、諸を天子に獻ず。天子、文侯を賞するに上卿を以てす。
現代語訳
魏の文侯は段干木に会うときは、立ったまま疲れても座って休もうとしなかった。ところが翟黄に会うときは、堂の上に足を投げ出したまま話をした。翟黄が不満そうにすると、文侯は言った。「段干木は官につけようとしても承知せず、俸禄を与えようとしても受けない。だがお前は官を望めば宰相の位につき、俸禄を望めば上卿となっている。私の実利をすでに受け取りながら、その上、私に礼まで求めるのは、無理というものではないか」と。だから賢主が人を養うにあたっては、実利を受け取ろうとしない者にこそ礼を尽くす。士を礼遇することは、欲を節することより上のものはない。欲が節されれば命令も行き渡る。文侯は士を礼するのを好んだといえる。士を礼するのを好んだからこそ、南は荊に連隄で勝ち、東は斉に長城で勝ち、斉侯を捕虜にして天子に献じ、天子は文侯を上卿の位で賞したのである。
解説
この章句が説くこと
関連する章句
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説苑・尊賢魏の文侯段干木を見るに、立ちて倦むも敢えて息わず。翟璜を見るに及びて、堂に踞して之と言う、翟璜説ばず。文侯曰く、「段干木は、之を官せんとすれば肯んぜず、之を禄せんとすれば受けず。今汝は官を欲すれば則ち相に至り、禄を欲すれば則ち上卿たり。既に吾が賞を受けて、又吾が礼を責む、乃ち難からずや」と。
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呂氏春秋・期賢③魏の文侯、段干木の閭を過ぎて之に軾す。其の僕曰く、「君胡為れぞ軾す。」曰く、「此れ段干木の閭に非ずや。段干木は蓋し賢者なり。吾、安くんぞ敢て軾せざらん。且つ吾聞く、段干木は未だ嘗て肯えて己を以て寡人に易えざるなり、と。吾安くんぞ敢て之に驕らん。段干木は德に光き、寡人は地に光き、段干木は義に富み、寡人は財に富む。」其の僕曰く、「然らば則ち君何ぞ之を相とせざる。」是に於て君、之に相たらんことを請う。段干木肯てえ受けず。則ち君乃ち祿百萬を致し、而して時に往き之に館す。是に於て國人皆喜び、相與に之を誦して曰く、「吾が君は正を好み、段干木を之れ敬す。吾が君は忠を好み、段干木を之れ隆ぶ。」居ること幾何も無く、秦、兵を興して魏を攻めんと欲す。司馬唐、秦君を諫めて曰く、「段干木は賢者なり。而して魏は之を禮す。天下聞かざるは莫し。乃ち兵を加う可からざること無からんか。」秦君以て然りと為し、乃ち兵を按じ輟めて敢て之を攻めず。魏の文侯、善く兵を用いたりと謂う可し。嘗て聞く、君子の兵を用うるや、其の形を見わすこと莫くして、其の功已に成る、と。其れ此を之れ謂うなり。野人の兵を用うるや、鼓聲は則ち雷に似、號呼は則ち地を動かし、塵氣天に充ち、流矢雨の如く、傷を扶け死を輿し、腸を履み血を渉る。無罪の民、其の死する者、澤に量つ。而して國の存亡、主の死生は猶ほ知る可からざるなり。其の仁義を離るること亦た遠し。
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史記 魏世家文侯子夏に経藝を受け、段干木を客とし、其の閭を過ぐるに、未だ嘗て軾せずんばあらず。秦嘗て魏を伐たんと欲す、或いは曰く、「魏君賢人是れ礼す、国人仁と称す、上下和合す、未だ図る可からず」と。文侯此に由りて誉を諸侯に得たり。
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呂氏春秋・自知⑤魏の文侯、燕飲して、皆、諸大夫をして己を論ぜしむ。或いは君の仁を言い、或いは君の義を言い、或いは君の智を言うなり。任座に至る。任座曰く、「君は不肖の君なり。中山を得て以て君の弟を封ぜずして、以て君の子を封ず。是を以て君の不肖を知るなり。」文侯說ばず。顏色に知らる。任座趨りて出づ。次、翟黃に及ぶ。翟黃曰く、「君は賢君なり。臣聞く、其の主賢なる者は、其の臣の言直なり、と。今者、任座の言は直なり。是を以て君の賢を知るなり。」文侯喜びて曰く、「反す可きか。」翟黃對えて曰く、「奚為れぞ不可ならん。臣聞く、忠臣は其の忠を畢くして、敢て其の死を遠ざけず。座殆ど尚ほ門に在らん。」翟黃往きて之を視れば、任座、門に在り。君令を以て之を召す。任座入る。文侯、階を下りて之を迎う。終に座を以って上客と為せり。文侯に翟黃微かりせば、則ち幾ど忠臣を失いしならん。上、主の心に順いて以て賢者を顯わすは、其れ唯だ翟黃か。
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呂氏春秋・下賢④齊の桓公、小臣稷を見んとす。一日に三たび至れども見るを得ず。從者曰く、「萬乘の主、布衣の士を見んとして、一日に三たび至れども見るを得ず。亦た以て止む可し。」桓公曰く、「然らず。士の祿爵を驁んずる者は、固より其の主を輕んず。其の主の覇王を驁んずる者も、亦た其の士を輕んず。縱い夫子祿爵驁んずとも、吾庸ぞ敢て覇王を驁んぜんや。」遂に之を見、止むを可とせず。世多く桓公の內行を舉ぐ。內行修まらずと雖も、霸たるは亦た可なり。誠に之れ此の論を行いて而も內行修まれば、王たるも猶ほ少なり。
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呂氏春秋・察賢①今、良醫此に有り。十人を治めて九人を起こせば、以て之を求むる所のもの萬なり。故より賢者の功名を致すや、良醫より必せり。而るに人に君たる者、疾く求むることを知らず。豈に過たずや。今夫れ塞する者、勇力・時日・卜筮・禱祠、事とする無し。善くする者必ず勝てばなり。功名を立つるも亦た然り。要は賢を得るに在り。魏の文侯、卜子夏を師とし、田子方を友とし、段干木に禮して、國治まり身逸す。天下の賢主、豈に必ずしも苦形愁慮せんや。其の要を執るのみ。雪霜雨露時なれば、則ち萬物育ち、人民修まり、疾病妖厲去る。故に曰く、「堯の容は衣裘を委するが若し。」以て事少きを言うなり。