呂氏春秋 / 達鬱④
列精子高聽行乎齊湣王,善衣東布衣,白縞冠,顙推之履,特會朝雨袪步堂下,謂其侍者曰:「我何若?」侍者曰:「公姣且麗。」列精子高因步而窺於井,粲然惡丈夫之狀也,喟然歎曰:「侍者為吾聽行於齊王也,夫何阿哉?又況於所聽行乎萬乘之主,人之阿之亦甚矣,而無所鏡,其殘亡無日矣。孰當可而鏡?其唯士乎!人皆知說鏡之明己也,而惡士之明己也。鏡之明己也功細,士之明己也功大。得其細,失其大,不知類耳。」
新字:列精子高聴行乎斉湣王,善衣東布衣,白縞冠,顙推之履,特会朝雨袪歩堂下,謂其侍者曰:「我何若?」侍者曰:「公姣且麗。」列精子高因歩而窺於井,粲然悪丈夫之状也,喟然嘆曰:「侍者為吾聴行於斉王也,夫何阿哉?又況於所聴行乎万乗之主,人之阿之亦甚矣,而無所鏡,其残亡無日矣。孰当可而鏡?其唯士乎!人皆知説鏡之明己也,而悪士之明己也。鏡之明己也功細,士之明己也功大。得其細,失其大,不知類耳。」
書き下し
列精子高、齊の湣王に聽行あり。東布衣・白縞冠・顙推の履を善衣し、特り會朝せんとし、雨ふり、袪して堂下を歩む。其の侍者に謂いて曰く、「我何若。」侍者曰く、「公は姣且つ麗なり。」列精子高因りて歩して井に窺えば、粲然として惡丈夫の狀なり。喟然として歎じて曰く、「侍者、吾を齊王に聽行ありと為すなり。夫れ何ぞ阿るや。又況んや萬乘の主に聽行せらるるに於いてをや。人の之に阿ること亦た甚だしからん。而るに鏡みる所無くんば、其の殘亡日無からん。孰にか當に而て鏡みる可き。其れ唯だ士か。人皆鏡の己を明らかにするを説ぶことを知りて、士の己を明らかにするを惡むなり。鏡の己を明らかにするや功細にして、士の己を明らかにすや功大なり。其の細を得て、其の大を失う。類を知らざるのみ。」
現代語訳
列精子高は斉の湣王に信任されていた。粗い東布の衣、白い絹の冠、つま先のとがった履物という質素な身なりで、独り朝見に出ようとしたところ雨が降り、裾をからげて堂の下を歩いた。侍者に「私はどう見えるか」と問うと、侍者は「殿はお美しく麗しい」と答えた。列精子高はそこで歩いて井戸をのぞくと、はっきりと醜い男の姿だった。喟然と嘆じて言った、「侍者は私が斉王に信任されているから、なんとおもねることか。まして万乗の主が信任されている場合、人がおもねることはさらに甚だしかろう。それなのに鏡とするものがなければ、その身の滅亡は間近だ。誰を鏡とすべきか。それはただ士だけだ。人はみな鏡が自分を映すのを喜ぶことは知っていても、士が自分を諫めて明らかにするのを憎む。鏡が自分を映す功は小さく、士が自分を明らかにする功は大きい。その小を得て大を失う。ものの類を知らないだけだ」。
解説
この章句が説くこと
関連する章句
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葉隠・聞書第一或人(あるひと)覚悟の体(てい)覚書に、主君の身辺(しんぺん)勤むる者は別けて身持(みもち)覚悟慎むべきことなり。御側(おそば)の者の様子を見て、主人のたけを人が積(つも)るものなり。今は御機嫌悪し、序(つい)でになどと思うて居る内に、不図(ふと)御誤(おんあやまり)もあるべきことなり。又諫言(かんげん)は時を移さず申し上ぐべきことなり。仰せ出(いで)済みて後も、其の者に理を附け、少しづつもよき様に云いなせば、帰参(きさん)も早きものなり。又仕合せ(しあわせ)よき人には、無音(ぶいん)しても苦しからず、侍の義理なり。又科人(とがにん)をわろく云うは不義理の事なり。落ちぶれたる者には随分不憫(ふびん)を加え、何とぞ立ち直す様に致すべきこと、侍の義理なりと、これあり候。
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葉隠・聞書第一御縁組(ごえんぐみ)の時、何某(なにがし)一分(いちぶん)を申し達し候。この事、若き衆(しゅう)よく心得(こころえ)置くべき事なり。その身(み)気味(きみ)よく思うて、云(い)ふべき事を云うて腹切(はらき)りても本望(ほんもう)と思ふべし。よくよく了簡(りょうけん)候へ、何の益(えき)にも立たぬ事なり。我(われ)かやうの事を云うて腹切りても本望と思ふは、なるほど聞(きこ)えたり。曲者(くせもの)などと思ふは以(もっ)ての外(ほか)なる取違(とりちが)ひなり。まづ申し出でたる事その詮(せん)なく、我が身は引き取り、御養育(ごよういく)も仕(つかまつ)らず、追付(おっつ)け御死去(ごしきょ)なされ候に、御看病(ごかんびょう)も仕らず、残念千万(ざんねんせんばん)なり。気過(きす)ぎなる人は多分(たぶん)誤(あやま)る所なり。総(そう)じてその位(くらい)に至らずして諫言(かんげん)するは却(かえ)つて不忠(ふちゅう)なり。誠(まこと)の者ならば、我が存(ぞん)じ寄りたる事を似合(にあ)ひたる人に潜(ひそ)かに内談(ないだん)して、その人の思ひ寄りにさせて云へば、その事調(ととの)はるなり。これ忠節(ちゅうせつ)なり。もし、内談にてその人請(う)け合はずば、また外(ほか)の人にも内談し、とかく色々心遣(こころづか)ひをして、その事さへ調はるる様にすれば、大忠節(だいちゅうせつ)も知れぬ様にして居るものなり。幾人(いくにん)に内談しても、埒(らち)明かざる時は力に及ばず、その分(ぶん)にて打ち過ぎ、または起こし立て起こし立てすれば、多分叶(かな)ふものなり。我こそ曲者と云はるる名聞(みょうもん)ばかりにて、我が手柄(てがら)にするゆゑ調はざるなり。申し出でたる事益には立たず、人に難(なん)ぜられ、我が身を崩(くず)したる人数多(あまた)これあるなり。畢竟(ひっきょう)真(しん)の志(こころざし)なきゆゑなり。我が身を一向(いっこう)に捨て捨てて、主君の上(うえ)どうなりとも好き様にとさへ思へば、紛(まぎ)るる事はこれなく候なり。
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葉隠・聞書第一主人に諫言(かんげん)をするに色々あるべし。志(こころざし)の諫言は、脇(わき)に知れぬ様にするなり。御気(おんき)にさからわぬ様にして御癖(おんくせ)を直し申すものなり。細川頼之(ほそかわよりゆき)が忠義などなり。昔、御道中にて、御年寄(おとしより)何某(なにがし)承り、「某(それがし)、一命を捨てて申し上ぐべく候。段々御延引(ごえんいん)の上に脇寄(わきよ)りなど遊ばされ候節(せつ)、以ての外(ほか)然(しか)るべからず候。」と、諸人(しょにん)に向かい、「御暇乞(おいとまごい)仕り候。」と詞(ことば)を渡し、行水(ぎょうずい)、白帷子(しろかたびら)下着(したぎ)にて御前(ごぜん)へ罷出(まかりい)でられ、追付(おっつけ)退出、また諸人に向かい、「拙者(せっしゃ)申し上げ候儀、聞召(きこしめ)し分けられ本望至極(ほんもうしごく)、皆様へ一度御目に懸(かか)り候儀、不思議の仕合(しあわ)せ。」など広言(こうげん)申され候。これ皆、主人の非を顕(あらわ)し、我が忠を揚げ、威勢(いせい)を立つる仕事なり。多分、他国者(たこくもの)にこれあるなり。
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葉隠・聞書第一諫言(かんげん)の道に、我(われ)其の位(くらい)にあらずば、其の位の人に言はせて、御誤(おあやまり)直(なお)る様にするが大忠(たいちゅう)なり。此の階(かい)の為に諸人(しょにん)と懇意(こんい)する所なり。我が為にすれば追従(ついしょう)なり。一方(いっぽう)は我等(われら)荷(にな)ひ申す心入(こころいれ)からなり。成程(なるほど)なるものなり。
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荀子・大略篇人の臣下たる者は、諫むること有るも訕ること無く、亡ること有るも疾むこと無く、怨むこと有るも怒ること無し。
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尚書・皐陶謨予(われ)違(たが)わば、汝(なんじ)弼(たす)けよ。汝、面従(めんじゅう)することなく、退(しりぞ)きて後言(こうげん)あることなかれ。