呂氏春秋 / 舉難③
魏文侯弟曰季成,友曰翟璜。文侯欲相之而未能決,以問李克。李克對曰:「君欲置相,則問樂騰與王孫苟端孰賢?」文侯曰:「善。」以王孫苟端為不肖,翟璜進之;以樂騰為賢,季成進之;故相季成。凡聽於主,言人不可不慎。季成,弟也,翟璜,友也,而猶不能知,何由知樂騰與王孫苟端哉?疏賤者知,親習者不知,理無自然。自然而斷相過,李克之對文侯也亦過。雖皆過,譬之若金之與木,金雖柔猶堅於木。
新字:魏文侯弟曰季成,友曰翟璜。文侯欲相之而未能決,以問李克。李克対曰:「君欲置相,則問楽騰与王孫苟端孰賢?」文侯曰:「善。」以王孫苟端為不肖,翟璜進之;以楽騰為賢,季成進之;故相季成。凡聴於主,言人不可不慎。季成,弟也,翟璜,友也,而猶不能知,何由知楽騰与王孫苟端哉?疏賤者知,親習者不知,理無自然。自然而断相過,李克之対文侯也亦過。雖皆過,譬之若金之与木,金雖柔猶堅於木。
書き下し
魏の文侯の弟を季成と曰い、友を翟璜と曰う。文侯之を相とせんと欲するも未だ決すること能わず。以て李克に問う。李克對えて曰く、「君、相を置かんと欲すれば、則ち樂騰と王孫苟端と孰れか賢なるかを問え。」文侯曰く、「善し。」王孫苟端を以て不肖と為す、翟璜之を進む。樂騰を以て賢と為す、季成之を進む。故に季成を相とす。凡そ主に聽かるるに、人を言うは慎まざる可からず。季成は弟なり、翟璜は友なり、而るに猶ほ知ること能わず。何に由りてか樂騰と王孫苟端とを知らんや。疏賤の者は知り、親習する者は知らず。理自ら然ること無し。理自ら然ること無くして相を斷ずるは過てり。李克の文侯に對うるも亦た過てり。皆過てりと雖も、之を譬うれば金と木との若し。金は柔しと雖も猶ほ木より堅し。
現代語訳
魏の文侯の弟を季成といい、友を翟璜といった。文侯はこのどちらかを宰相にしようとしたが決めかね、李克に相談した。李克は「君が宰相を置こうとするなら、楽騰と王孫苟端のどちらが賢いかをお考えなさい」と答えた。文侯は「よし」と言った。王孫苟端を凡庸とみると、彼を推挙したのは翟璜であり、楽騰を賢いとみると、彼を推挙したのは季成であった。そこで季成を宰相にした。およそ君主に意見が聴き入れられる立場では、人物評は慎まねばならない。季成は弟、翟璜は友でありながら、その人物を見抜けなかった。まして楽騰と王孫苟端をどうして正しく知れよう。疎遠で身分の低い者を知り、親しく身近な者を知らないというのは、道理が自然にそうなるものではない。道理が自然でないのに、それで宰相を判断するのは誤りである。李克が文侯に答えたのもまた誤りだった。どちらも誤りではあるが、たとえるなら金と木のようなもので、金は柔らかくてもなお木よりは堅い。
解説
この章句が説くこと
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呂氏春秋・舉難④孟嘗君、白圭に問いて曰く、「魏の文侯、名は桓公に過ぎたるも、功は五伯に及ばざるは、何ぞや。」白圭對えて曰く、「文侯は子夏を師とし、田子方を友とし、段干木を敬す。此れ名の桓公に過ぎたる所以なり。相を卜して、成と璜と孰れか可なる、と曰えるは、此れ功の五伯に及ばざる所以なり。相なる者は、百官の長なり。擇ぶ者は其の博からんことを欲するなり。今擇びて二人を去らず。其の讎を用いしも亦た遠し。且つ師友なる者は、公可なり。戚愛なる者は、私安なり。私を以て公に勝てるは、衰國の政なり。然れども名號顯榮するは、三士之を羽けたればなり。」
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説苑・臣術子貢、孔子に問いて曰く、「今の人臣孰か賢と為す」と。孔子曰く、「吾未だ識らざるなり、往者斉に鮑叔有り、鄭に子皮有り、賢者なり」と。子貢曰く、「然らば則ち斉に筦仲無く、鄭に子産無きか」と。子曰く、「賜、汝徒だ其の一を知りて、其の二を知らず。汝進賢を賢と為すを聞くか、力を用うるを賢と為すを聞くか」と。子貢曰く、「進賢を賢と為すか」と。子曰く、「然り、吾鮑叔の筦仲を進むるを聞き、子皮の子産を進むるを聞く、未だ筦仲子産の進むる所有るを聞かざるなり」と。魏の文侯且に相を置かんとし、李克を召して問いて曰く、「寡人将に相を置かんとす、季成子と翟触とに置かん、我孰にか置きて可ならん」と。李克曰く、「臣之を聞く、賤は貴を謀らず、外は内を謀らず、疏は親を謀らず、臣は疏賤なり、敢えて命を聞かず」と。文侯曰く、「此れ国事なり、願わくは先生と与に事に臨みて辞する勿かれ」と。李克曰く、「君察せざるが故なり、知るべきなり。貴は其の挙ぐる所を視、富は其の与うる所を視、貧は其の取らざる所を視、窮は其の為さざる所を視る。此に由りて之を観れば、知るべきなり」と。文侯曰く、「先生出でよ、寡人の相定まれり」と。李克出で、翟黄を過ぐ。翟黄問いて曰く、「吾君相を先生に問うと聞く、未だ知らず果たして孰をか相と為すか」と。李克曰く、「季成子相と為る」と。翟黄色を作して説ばずして曰く、「触先生に失望す」と。李克曰く、「子何ぞ遽かに我に失望するや、我子の君に於けるや、豈に我と比周して大官を求めんや。君相を我に問い、臣対えて曰く、『君察せざるが故なり、貴は其の挙ぐる所を視、富は其の与うる所を視、貧は其の取らざる所を視、窮は其の為さざる所を視る、此に由りて之を観れば知るべきなり』と。君曰く『出でよ、寡人の相定まれり』と。是を以て季成子相と為るを知る」と。翟黄説ばずして曰く、「触何ぞ遽かに相と為らざるや。西河の守は触の任ずる所なり。計事内史は触の任ずる所なり。王中山を攻めんと欲す、吾楽羊を進む。之を治むる臣使わす無くば、吾先生を進む。其の子を傅くる使わす無くば、吾屈侯附を進む。触何ぞ季成子に負けんや」と。李克曰く、「季成子に如かず。季成子采千鐘を食み、什九外に居りて一中に居り、是を以て東のかた卜子夏・田子方・段干木を得たり、彼其の挙ぐる所は人主の師なり。子の挙ぐる所は人臣の才なり」と。翟黄方然として慚じて曰く、「触先生に失対す、請う自ら修めて、然る後に学ばん」と。言未だ卒わらずして、左右季成子立ちて相と為れりと言う。是に於いて翟黄默然として色を変じ内に慚じ、敢えて出でざること三月なり。
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史記 魏世家魏文侯李克に謂ひて曰く、「今置く所は成に非ずんば則ち璜なり、二子何如」と。李克対へて曰く、「君察せざるが故なり。居りては其の親しむ所を視、富みては其の与ふる所を視、達しては其の挙ぐる所を視、窮しては其の為さざる所を視、貧しくては其の取らざる所を視る。五者以て之を定むるに足れり、何ぞ克を待たんや」と。文侯曰く、「先生舍に就け、寡人の相定まれり」と。
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