呂氏春秋 / 自知⑤
魏文侯燕飲,皆令諸大夫論己。或言君之智也。至於任座,任座曰:「君不肖君也。得中山不以封君之弟,而以封君之子,是以知君之不肖也。」文侯不說,知於顏色。任座趨而出。次及翟黃,翟黃曰:「君賢君也。臣聞其主賢者,其臣之言直。今者任座之言直,是以知君之賢也。」文侯喜曰:「可反歟?」翟黃對曰:「奚為不可?臣聞忠臣畢其忠,而不敢遠其死。座殆尚在於門。」翟黃往視之,任座在於門,以君令召之。任座入,文侯下階而迎之,終座以為上客。文侯微翟黃,則幾失忠臣矣。上順乎主心以顯賢者,其唯翟黃乎?
新字:魏文侯燕飲,皆令諸大夫論己。或言君之智也。至於任座,任座曰:「君不肖君也。得中山不以封君之弟,而以封君之子,是以知君之不肖也。」文侯不説,知於顏色。任座趨而出。次及翟黄,翟黄曰:「君賢君也。臣聞其主賢者,其臣之言直。今者任座之言直,是以知君之賢也。」文侯喜曰:「可反歟?」翟黄対曰:「奚為不可?臣聞忠臣畢其忠,而不敢遠其死。座殆尚在於門。」翟黄往視之,任座在於門,以君令召之。任座入,文侯下階而迎之,終座以為上客。文侯微翟黄,則幾失忠臣矣。上順乎主心以顕賢者,其唯翟黄乎?
書き下し
魏の文侯、燕飲して、皆、諸大夫をして己を論ぜしむ。或いは君の仁を言い、或いは君の義を言い、或いは君の智を言うなり。任座に至る。任座曰く、「君は不肖の君なり。中山を得て以て君の弟を封ぜずして、以て君の子を封ず。是を以て君の不肖を知るなり。」文侯說ばず。顏色に知らる。任座趨りて出づ。次、翟黃に及ぶ。翟黃曰く、「君は賢君なり。臣聞く、其の主賢なる者は、其の臣の言直なり、と。今者、任座の言は直なり。是を以て君の賢を知るなり。」文侯喜びて曰く、「反す可きか。」翟黃對えて曰く、「奚為れぞ不可ならん。臣聞く、忠臣は其の忠を畢くして、敢て其の死を遠ざけず。座殆ど尚ほ門に在らん。」翟黃往きて之を視れば、任座、門に在り。君令を以て之を召す。任座入る。文侯、階を下りて之を迎う。終に座を以って上客と為せり。文侯に翟黃微かりせば、則ち幾ど忠臣を失いしならん。上、主の心に順いて以て賢者を顯わすは、其れ唯だ翟黃か。
現代語訳
魏の文侯が酒宴を開き、諸大夫に自分を評価させた。ある者は君の仁を、ある者は義を、ある者は智を称えた。任座の番になると、任座は言った、「君は暗愚な君主です。中山を手に入れながら、君の弟を封ぜず、君の子を封じました。これで君が暗愚だと分かります」。文侯は不快になり、顔色に表れた。任座は小走りに退出した。次に翟黄の番になると、翟黄は言った、「君は賢君です。臣が聞くには、主君が賢明なら臣下の言葉は率直だといいます。今、任座の言葉は率直でした。これで君が賢明だと分かります」。文侯は喜んで「彼を呼び戻してよいか」と言った。翟黄は「なぜいけましょう。臣が聞くには、忠臣は忠義を尽くしきり、あえて死をも避けないといいます。任座はまだ門のあたりにいるでしょう」と答えた。翟黄が行って見ると、任座は門にいた。君命でこれを召した。任座が入ると、文侯は階を下りて迎え、ついに任座を上客とした。もし文侯に翟黄がいなければ、あやうく忠臣を失うところだった。上(君主)の心に順いながら賢者を世に顕したのは、ただ翟黄だけであろう。
解説
この章句が説くこと
関連する章句
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葉隠・聞書第一或人(あるひと)覚悟の体(てい)覚書に、主君の身辺(しんぺん)勤むる者は別けて身持(みもち)覚悟慎むべきことなり。御側(おそば)の者の様子を見て、主人のたけを人が積(つも)るものなり。今は御機嫌悪し、序(つい)でになどと思うて居る内に、不図(ふと)御誤(おんあやまり)もあるべきことなり。又諫言(かんげん)は時を移さず申し上ぐべきことなり。仰せ出(いで)済みて後も、其の者に理を附け、少しづつもよき様に云いなせば、帰参(きさん)も早きものなり。又仕合せ(しあわせ)よき人には、無音(ぶいん)しても苦しからず、侍の義理なり。又科人(とがにん)をわろく云うは不義理の事なり。落ちぶれたる者には随分不憫(ふびん)を加え、何とぞ立ち直す様に致すべきこと、侍の義理なりと、これあり候。
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葉隠・聞書第一御縁組(ごえんぐみ)の時、何某(なにがし)一分(いちぶん)を申し達し候。この事、若き衆(しゅう)よく心得(こころえ)置くべき事なり。その身(み)気味(きみ)よく思うて、云(い)ふべき事を云うて腹切(はらき)りても本望(ほんもう)と思ふべし。よくよく了簡(りょうけん)候へ、何の益(えき)にも立たぬ事なり。我(われ)かやうの事を云うて腹切りても本望と思ふは、なるほど聞(きこ)えたり。曲者(くせもの)などと思ふは以(もっ)ての外(ほか)なる取違(とりちが)ひなり。まづ申し出でたる事その詮(せん)なく、我が身は引き取り、御養育(ごよういく)も仕(つかまつ)らず、追付(おっつ)け御死去(ごしきょ)なされ候に、御看病(ごかんびょう)も仕らず、残念千万(ざんねんせんばん)なり。気過(きす)ぎなる人は多分(たぶん)誤(あやま)る所なり。総(そう)じてその位(くらい)に至らずして諫言(かんげん)するは却(かえ)つて不忠(ふちゅう)なり。誠(まこと)の者ならば、我が存(ぞん)じ寄りたる事を似合(にあ)ひたる人に潜(ひそ)かに内談(ないだん)して、その人の思ひ寄りにさせて云へば、その事調(ととの)はるなり。これ忠節(ちゅうせつ)なり。もし、内談にてその人請(う)け合はずば、また外(ほか)の人にも内談し、とかく色々心遣(こころづか)ひをして、その事さへ調はるる様にすれば、大忠節(だいちゅうせつ)も知れぬ様にして居るものなり。幾人(いくにん)に内談しても、埒(らち)明かざる時は力に及ばず、その分(ぶん)にて打ち過ぎ、または起こし立て起こし立てすれば、多分叶(かな)ふものなり。我こそ曲者と云はるる名聞(みょうもん)ばかりにて、我が手柄(てがら)にするゆゑ調はざるなり。申し出でたる事益には立たず、人に難(なん)ぜられ、我が身を崩(くず)したる人数多(あまた)これあるなり。畢竟(ひっきょう)真(しん)の志(こころざし)なきゆゑなり。我が身を一向(いっこう)に捨て捨てて、主君の上(うえ)どうなりとも好き様にとさへ思へば、紛(まぎ)るる事はこれなく候なり。
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葉隠・聞書第一主人に諫言(かんげん)をするに色々あるべし。志(こころざし)の諫言は、脇(わき)に知れぬ様にするなり。御気(おんき)にさからわぬ様にして御癖(おんくせ)を直し申すものなり。細川頼之(ほそかわよりゆき)が忠義などなり。昔、御道中にて、御年寄(おとしより)何某(なにがし)承り、「某(それがし)、一命を捨てて申し上ぐべく候。段々御延引(ごえんいん)の上に脇寄(わきよ)りなど遊ばされ候節(せつ)、以ての外(ほか)然(しか)るべからず候。」と、諸人(しょにん)に向かい、「御暇乞(おいとまごい)仕り候。」と詞(ことば)を渡し、行水(ぎょうずい)、白帷子(しろかたびら)下着(したぎ)にて御前(ごぜん)へ罷出(まかりい)でられ、追付(おっつけ)退出、また諸人に向かい、「拙者(せっしゃ)申し上げ候儀、聞召(きこしめ)し分けられ本望至極(ほんもうしごく)、皆様へ一度御目に懸(かか)り候儀、不思議の仕合(しあわ)せ。」など広言(こうげん)申され候。これ皆、主人の非を顕(あらわ)し、我が忠を揚げ、威勢(いせい)を立つる仕事なり。多分、他国者(たこくもの)にこれあるなり。
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葉隠・聞書第一諫言(かんげん)の道に、我(われ)其の位(くらい)にあらずば、其の位の人に言はせて、御誤(おあやまり)直(なお)る様にするが大忠(たいちゅう)なり。此の階(かい)の為に諸人(しょにん)と懇意(こんい)する所なり。我が為にすれば追従(ついしょう)なり。一方(いっぽう)は我等(われら)荷(にな)ひ申す心入(こころいれ)からなり。成程(なるほど)なるものなり。
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荀子・大略篇人の臣下たる者は、諫むること有るも訕ること無く、亡ること有るも疾むこと無く、怨むこと有るも怒ること無し。
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尚書・皐陶謨予(われ)違(たが)わば、汝(なんじ)弼(たす)けよ。汝、面従(めんじゅう)することなく、退(しりぞ)きて後言(こうげん)あることなかれ。