呂氏春秋 / 淫辭⑧
惠子為魏惠王為法。為法已成,以示諸民人,民人皆善之。獻之惠王,惠王善之,以示翟翦。翟翦曰:「善也。」惠王曰:「可行邪?」翟翦曰:「不可。」惠王曰:「善而不可行,何故?」翟翦對曰:「今舉大木者,前呼輿謣,後亦應之,此其於舉大木者善矣,豈無鄭、衛之音哉?然不若此其宜也。夫國亦木之大者也。」
新字:恵子為魏恵王為法。為法已成,以示諸民人,民人皆善之。献之恵王,恵王善之,以示翟翦。翟翦曰:「善也。」恵王曰:「可行邪?」翟翦曰:「不可。」恵王曰:「善而不可行,何故?」翟翦対曰:「今舉大木者,前呼輿謣,後亦応之,此其於舉大木者善矣,豈無鄭、衛之音哉?然不若此其宜也。夫国亦木之大者也。」
書き下し
惠子、魏の惠王の爲に法を爲る。法を爲ること已に成りて、以て諸を民人に示す。民人皆之を善しとす。之を惠王に獻ず。惠王之を善しとし、以て翟翦に示す。翟翦曰く、「善きなり。」惠王曰く、「行う可きか。」翟翦曰く、「不可なり。」惠王曰く、「善けれども行う可からざるは、何の故ぞ。」翟翦對えて曰く、「今、大木を舉ぐる者、前に輿謣と呼びて、後も亦た之に應ず。此れ其の大木を舉ぐる者に善ければなり。豈に鄭・衛の音無からんや。然れども此れ其の宜しきには若かざるなり。夫れ國も亦た木の大なる者なり。」
現代語訳
恵子が魏の恵王のために法を作った。法が完成すると、それを民に示した。民はみなこれをよいと言った。それを恵王に献上すると、恵王もよいと言い、翟翦に見せた。翟翦は「よいものです」と言った。恵王が「実行できるか」と問うと、翟翦は「できません」と答えた。恵王が「よいのに実行できないのはなぜか」と問うと、翟翦は答えた、「今、大木を持ち上げる者は、前の者がえいやと掛け声をかけ、後ろの者もそれに応じます。これは大木を持ち上げるのにふさわしいからです。鄭や衛の洗練された音楽がないわけではありません。しかし、それはこの掛け声のふさわしさには及びません。そもそも国もまた大木のようなものです。」
解説
この段は、恵子が作った法が民にも王にも評判がよいのに、翟翦は実行できないと評する話です。翟翦は、大木を運ぶには洗練された音楽より素朴な掛け声の方がふさわしいと例え、国政も同じで、見栄えのよさより実際に機能することが肝心だと説きます。要点は、うわべの評判のよさと実際に運用できるかは別だということです。理念と実効性のずれを問う淫辞篇の主題が背景にあります。現代でも、体裁は立派でも現場で回らない制度や計画は少なくありません。美しく整った案よりも、その場と目的に本当に適し、実行に耐える仕組みを選ぶべきだという、実践重視の視点を教える一段です。
この章句が説くこと
恵子魏恵王翟翦立法実効性輿謣
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