呂氏春秋 / 觀世③
子列子窮,容貌有饑色。客有言之於鄭子陽者,曰:“列禦寇,蓋有道之士也,居君之國而窮,君無乃為不好士乎?”鄭子陽令官遺之粟數十秉。子列子出見使者,再拜而辭。使者去,子列子入,其妻望而拊心,曰:“聞為有道者妻子,皆得逸樂。今妻子有饑色矣,君過而遺先生食,先生又弗受也,豈非命也哉!”子列子笑而謂之曰:“君非自知我也,以人之言而遺我粟也,至已而罪我也,有罪且以人言,此吾所以不受也。”其卒民果作難,殺子陽。受人之養,而不死其難則不義,死其難則死無道也。死無道,逆也。子列子除不義、去逆也,豈不遠哉!且方有饑寒之患矣,而猶不苟取,先見其化也。先見其化而已動,遠乎性命之情也。
新字:子列子窮,容貌有饑色。客有言之於鄭子陽者,曰:“列禦寇,蓋有道之士也,居君之国而窮,君無乃為不好士乎?”鄭子陽令官遺之粟数十秉。子列子出見使者,再拝而辞。使者去,子列子入,其妻望而拊心,曰:“聞為有道者妻子,皆得逸楽。今妻子有饑色矣,君過而遺先生食,先生又弗受也,豈非命也哉!”子列子笑而謂之曰:“君非自知我也,以人之言而遺我粟也,至已而罪我也,有罪且以人言,此吾所以不受也。”其卒民果作難,殺子陽。受人之養,而不死其難則不義,死其難則死無道也。死無道,逆也。子列子除不義、去逆也,豈不遠哉!且方有饑寒之患矣,而猶不苟取,先見其化也。先見其化而已動,遠乎性命之情也。
書き下し
子列子窮し、容貌に饑色有り。客に之を鄭子陽に言う者有り、曰く、「列禦寇は、蓋し有道の士なり。君の國に居りて窮す。君乃ち士を好まざると為らるる無からんか。」鄭子陽、官をして之に粟數十秉を遺らしむ。子列子出でて使者を見、再拜して辭す。使者去り、子列子入る。其の妻望みて心を拊ちて、曰く、「聞く、有道者の妻子と為れば、皆逸樂を得、と。今妻子に饑色有り。君過りて先生に食を遺るに、先生又受けず。豈に命に非ずや。」子列子笑いて之に謂いて曰く、「君自ら我を知るに非ず、人の言を以てして我に粟を遺れり。已にして我を罪するに至れば、罪を有らしむるにも且に人の言を以てせんとす。此れ吾の受けざる所以なり。」其の卒りに民果して難を作し、子陽を殺す。人の養いを受けて、其の難に死せざれば、則ち不義なり。其の難に死せば、則ち無道に死するなり。無道に死するは、逆なり。子列子、不義を除きて、逆を去るや、豈に遠からずや。且つ方に饑寒の患い有りて、而も猶ほ苟しくも取らざるは、先づ其の化を見ればなり。先づ其の化を見て已に動くは、性命の情に達すればなり。
現代語訳
列子は貧しく、顔に飢えの色があった。ある客が鄭の宰相子陽に『列禦寇は道を体得した士なのに、あなたの国で困窮している。士を好まぬと思われませんか』と言った。子陽は役人に命じて穀物数十秉を贈らせた。列子は使者に会うと、二度礼をして辞退した。使者が去り列子が奥へ入ると、妻は恨めしげに胸を打って『有道者の妻子は皆安楽に暮らせると聞くのに、今わが子は飢えている。殿がわざわざ食を賜ったのに、あなたは受けない。何と不運なことか』と言った。列子は笑って『殿は自分で私を認めたのではなく、人の言葉によって穀物を贈った。そのうち私を罰するときも、やはり人の言葉によるだろう。だから受けないのだ』と答えた。その後、果たして民が反乱を起こし子陽を殺した。人の扶養を受けてその難に殉じなければ不義であり、殉じれば無道の者のために死ぬことになる。無道に死ぬのは道理に逆らうことだ。列子が不義を退け逆を避けたのは、何と俗人よりかけ離れて優れていることか。しかも飢寒の苦しみの中でも安易に受け取らなかったのは、あらかじめその変化を見通していたからで、変化を見通して行動できたのは、生命の本質を悟っていたからである。
解説
この章句が説くこと
関連する章句
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『列子』説符篇子列子窮し、容貌に饑色有り。客に之を鄭の子陽に言う者有りて曰く、列禦寇は蓋し有道の士なり。君の國に居りて窮す。君乃ち士を好まずと爲すこと無からんや、と。鄭の子陽即ち官をして之に粟を遺らしむ。子列子出でて使者に見え、再拜して辭す。使者去る。子列子入るに、其の妻之を望みて心を拊ちて曰く、妾聞く、有道者の妻子と爲れば皆な佚樂を得と。今饑色有り、君過ちて先生に食を遺る。先生受けず。豈に命ならざらんや、と。子列子笑いて之に謂いて曰く、君は自ら我を知るに非ざるなり。人の言を以て我に粟を遺る。其の我を罪するに至るや、又た且つ人の言を以てせん。此れ吾の受けざる所以なり、と。其の卒、民果たして難を作して子陽を殺す。
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荘子・譲王子列子窮す。容貌に飢色有り。客に之を鄭の子陽(しよう)に言う者有りて曰く、「列御寇は、蓋(けだ)し有道の士なり。君の国に居りて窮す。君乃ち士を好まずと為すこと無からんや」と。鄭の子陽即ち官に令して之に粟を遺(おく)らしむ。子列子使者を見て、再拝して辞す。使者去る。子列子入る。其の妻之を望みて心を拊(う)ちて曰く、「妾聞く、有道者の妻子と為れば、皆な佚楽(いつらく)を得と。今、飢色有り。君過(あやま)ちて先生に食を遺る。先生受けず。豈に命ならずや」と。子列子笑いて之に謂いて曰く、「君は自ら我を知るに非ざるなり。人の言を以て我に粟を遺る。其の我を罪するに至るや、又た且つ人の言を以てせん。此れ吾の受けざる所以なり」と。其の卒(つい)に、民果たして難を作(な)して子陽を殺す。
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荘子・列禦寇列御寇斉に之(ゆ)く。中道にして反り、伯昏瞀人(はくこんぼうじん)に遇う。伯昏瞀人曰く、「奚(なん)ぞ方(まさ)に反れるか」と。曰く、「吾は驚けり」と。曰く、「悪(いず)くにか驚けるか」と。曰く、「吾嘗て十漿(じっしょう)に食らう。而して五漿は先ず饋(おく)れり」と。伯昏瞀人曰く、「是(かく)の若くんば、則ち汝は何を為して驚けるのみ」と。曰く、「夫れ内の誠解けず、形は諜(かたち)として光を成し、以て外より人心を鎮む。人をして貴老を軽んぜしめ、而して其の患う所を齏(くだ)く。夫れ漿は特(た)だ食羹(しょっこう)の貨を為すのみ。余り多きの贏(あまり)なり。其の利為(た)るや薄く、其の権為るや軽し。而も猶お是の若し。而るを況んや万乗の主に於けるをや。身は国に労し、知は事に尽くさる。彼将に我に任ずるに事を以てして、我に効(もと)むるに功を以てせんとす。吾是を以て驚けり」と。伯昏瞀人曰く、「善いかな観るや。汝処(お)れ、人将に汝を保(したが)わんとす」と。
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『列子』黄帝篇子列子齊に之き、中道にして反る。伯昏瞀人に遇う。伯昏瞀人曰く、奚に方きて反る、と。曰く、吾驚けり、と。惡くにか驚く、と。曰く、吾十漿に食らうに、五漿先ず饋る、と。伯昏瞀人曰く、是くの若くんば、則ち汝何爲れぞ己を驚かすや、と。曰く、夫れ内誠解けざれば、形諜として光を成し、外を以て人の心を鎮め、人をして貴老を輕んぜしめ、而して其の患う所を𩐎らす。夫れ漿人は特だ食羹の貨、多餘の贏を爲すのみ。其の利を爲すや薄く、其の權を爲すや輕し。而るに猶お是くの若し。而るを況んや萬乘の主、身は國に勞し、智は事に盡くるをや。彼將に我に任ずるに事を以てし、我に效むるに功を以てせんとす。吾是を以て驚けり、と。
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呂氏春秋・介立②東方に士有り、爰旌目と曰う。將に適く有らんとして、道に餓ゆ。狐父の盜を丘と曰う。見て壺餐を下して以て之に餔わしむ。爰旌目三たび之を餔いて、而る後に能く視て、曰く、「子は何為る者なり。」曰く、「我狐父の人丘なり。」爰旌目曰く、「譆、汝盜に非ずや。胡為れぞ我に食わしむるや。吾が義として子の食を食らわざるなり。」兩手を地に據りて之を吐かんとするも、出でず。喀喀然として遂に地に伏して死せり。鄭人のショを下すや、莊蹻の郢を暴するや、秦人の長平を圍むや、韓・荊・趙、此の三國の者の將帥貴人皆多く驕り、其の士卒衆庶皆多く壯なり。因りて相暴して以て相殺し、脆弱の者は拜して以て死を避れんことを請い、其れ卒に遞いに相食み、其の義を辧ぜず、幸にして以て活くるを得んことを冀えばなり。爰旌目の如きは已に食らいて死せず、其の義を惡みて死せざるを肯ぜず。今此に相為に謀る、豈に遠からずや。
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説苑・立節孔子斉の景公に見ゆ。景公廩丘を致して以て養と為す。孔子辞して受けず。出でて弟子に謂いて曰わく、「吾聞く、君子功に当たりて禄を受くと。今景公に説くも、景公未だ之を行わずして我に廩丘を賜う、其の丘を知らざること亦甚だし」と。遂に辞して行く。曾子弊衣を衣て以て耕す。魯君人をして往きて邑を致さしめて曰わく、「請う此を以て衣を修めよ」と。曾子受けず。反復して往くも、又受けず。使者曰わく、「先生人に求むるに非ず、人則ち之を献ず、奚為れぞ受けざる」と。曾子曰わく、「臣之を聞く、人を受くる者は人を畏れ、人を予うる者は人に驕ると。子賜有りと縦えども我に驕らざるも、我能く畏れざらんや」と。終に受けず。孔子之を聞きて曰わく、「参の言、以て其の節を全うするに足れり」と。子思衛に居り、縕袍表無く、二旬にして九食す。田子方之を聞き、人をして狐白の裘を遺らしめ、其の受けざらんことを恐れ、因りて之に謂いて曰わく、「吾人に仮すも、遂に之を忘る。吾人に与うるも、之を棄つるが如し」と。子思辞して受けず。子方曰わく、「我有りて子無し、何故に受けざる」と。子思曰わく、「伋之を聞く、妄りに与うるは物を溝壑に棄つるに如かずと。伋貧しと雖も、身を以て溝壑と為すに忍びず、是を以て敢えて当たらざるなり」と。