呂氏春秋 / 權勳③
昔者晉獻公使荀息假道於虞以伐虢,荀息曰:“請以垂棘之璧與屈產之乘,以賂虞公,而求假道焉,必可得也。”獻公曰:“夫垂棘之璧,吾先君之寶也;屈產之乘,寡人之駿也。若受吾幣而不吾假道,將奈何?”荀息曰:“不然。彼若不吾假道,必不吾受也。若受我而假我道,是猶取之內府而藏之外府也,猶取之內皁而著之外皁也。君奚患焉?”獻公許之。乃使荀息以屈產之乘為庭實,而加以垂棘之璧,以假道於虞而伐虢。虞公濫於寶與馬而欲許之。宮之奇諫曰:“不可許也。虞之與虢也,若車之有輔也,車依輔,輔亦依車,虞、虢之勢是也。先人有言曰:‘脣竭而齒寒。’夫虢之不亡也恃虞,虞之不亡也亦恃虢也。若假之道,則虢朝亡而虞夕從之矣。奈何其假之道也?”虞公弗聽,而假之道。荀息伐虢,克之。還反伐虞,又克之。荀息操璧牽馬而報。獻公喜曰:“璧則猶是也,馬齒亦薄長矣。”故曰小利,大利之殘也。
新字:昔者晉献公使荀息仮道於虞以伐虢,荀息曰:“請以垂棘之璧与屈産之乗,以賂虞公,而求仮道焉,必可得也。”献公曰:“夫垂棘之璧,吾先君之宝也;屈産之乗,寡人之駿也。若受吾幣而不吾仮道,将奈何?”荀息曰:“不然。彼若不吾仮道,必不吾受也。若受我而仮我道,是猶取之内府而蔵之外府也,猶取之内皁而著之外皁也。君奚患焉?”献公許之。乃使荀息以屈産之乗為庭実,而加以垂棘之璧,以仮道於虞而伐虢。虞公濫於宝与馬而欲許之。宮之奇諫曰:“不可許也。虞之与虢也,若車之有輔也,車依輔,輔亦依車,虞、虢之勢是也。先人有言曰:‘脣竭而齒寒。’夫虢之不亡也恃虞,虞之不亡也亦恃虢也。若仮之道,則虢朝亡而虞夕従之矣。奈何其仮之道也?”虞公弗聴,而仮之道。荀息伐虢,克之。還反伐虞,又克之。荀息操璧牽馬而報。献公喜曰:“璧則猶是也,馬齒亦薄長矣。”故曰小利,大利之残也。
書き下し
昔者、晉の獻公、荀息をして道を虞に假らしめ、以て虢を伐たんとす。荀息曰く、「請う、垂棘の璧と屈産の乘とを以て、以て虞公に賂い、而して道を假ることを求めん。必ず得可からん。」獻公曰く、「夫れ垂棘の璧は、吾先君の寶なり。屈産の乘は、寡人の駿なり。若し吾が幣を受けて吾に道を假さずんば、將に奈何せんとする。」荀息曰く、「然らず。彼若し吾に道を假さずんば、必ず吾に受けざらん。若し我に受けて我に道を假さば、是れ猶ほ之を內府に取りて之を外府に藏むるがごとく、猶ほ之を內皁に取りて之を外皁に著ぐがごときなり。君奚ぞ患えん。」獻公、之を許す。乃ち荀息をして屈産の乘を以て庭實と為し、而も加うるに垂棘の璧を以てし、以て道を虞に假りて虢を伐たしめんとす。虞公、寶と馬とを濫りて之を許さんと欲す。宮之奇諫めて曰く、「許す可からざるなり。虞と虢とは、車の輔有るが若きなり。車は輔に依り、輔も亦た車に依る。虞と虢の勢は是れなり。先人に言える有り、曰く、『脣竭くれば齒寒し。』夫れ虢の亡びざるは、虞を恃めばなり、虞の亡びざるも、亦た虢を恃めばなり。若し之に道を假さば、則ち虢朝に亡びて虞夕べに之に從わん。奈何ぞ其れ之に道を假さんや。」虞公、聽かずして、之に道を假す。荀息、虢を伐ち、之に克つ。還反りて虞を伐ち、又之に克つ。荀息、璧を操り馬を牽きて報ず。獻公喜びて曰く、「璧は則ち猶ほ是れなり、馬の齒も亦た薄長じたり。」故に曰く、小利は、大利の殘なり、と。
現代語訳
昔、晋の献公が荀息に虞から道を借りて虢を討たせようとした。荀息は「垂棘の璧と屈産の駿馬を虞公に贈って道を借りれば、必ず成功します」と言った。献公が「あれは先君の宝と自分の名馬だ。贈物だけ取られて道を貸されなかったらどうする」と案じると、荀息は「道を貸さぬなら受け取りもしません。受け取って貸すなら、宝を内蔵から外蔵へ、馬を内厩から外厩へ移すようなもの。何を心配なさいますか」と答えた。献公は承知し、駿馬と璧を贈って道を借り、虢を討たせた。虞公は宝と馬に目がくらんで許そうとした。宮之奇が「許してはなりません。虞と虢は車と添え木の関係で、たがいに支え合っています。『唇がなくなれば歯が寒い』と古人も言います。虢が滅びないのは虞を頼み、虞が滅びないのも虢を頼むからです。道を貸せば虢は朝に滅び虞も夕べには続きます」と諫めたが、虞公は聞かず道を貸した。荀息は虢を討って勝ち、帰りに虞をも討って勝った。荀息が璧と馬を持ち帰って報告すると、献公は喜んで「璧は元のままだが、馬の歯は少し伸びたな」と言った。だから小利は大利を損なうというのである。
解説
この章句が説くこと
関連する章句
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『春秋左氏伝』僖公五年 唇亡歯寒晉侯復た道を虞に假りて以って虢を伐たんとす。宮之奇諫めて曰く、「虢は虞の表なり。虢亡びなば、虞必ず之に從はん。晉は啟く可からず、寇は翫(あなど)る可からず。一たびを之れ甚だしと謂ふ、其れ再びす可けんや。諺に所謂『輔車相ひ依り、脣亡ぶれば齒寒し』とは、其れ虞虢の謂ひなり」と。公曰く、「晉は吾が宗なり、豈に我を害せんや」と。對へて曰く、「大伯・虞仲は、大王の昭なり。大伯從はず、是を以って嗣がず。虢仲・虢叔は、王季の穆なり、文王の卿士と為り、勳王室に在り、盟府に藏む。將に虢を是れ滅ぼさんとす、何ぞ虞を愛せんや。且つ虞は能く桓・莊よりも親しからんや。其れ之を愛するや、桓・莊の族何の罪ありて、以って戮と為すや、唯だ偪(せま)ればならずや。親にして寵を以って偪る、猶ほ尚ほ之を害す、況んや國を以ってせんをや」と。
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戦国策・秦使趙攻魏秦趙をして魏を攻めしむ、魏趙王に謂いて曰く、「魏を攻むる者は、趙を亡ぼすの始めなり。昔者(むかし)、晋人虞を亡ぼさんと欲して虢(かく)を伐つ、虢を伐つ者は、虞を亡ぼすの始めなり。故に荀息馬と璧とを以て道を虞に仮(か)り、宮之奇諫めて聴かれず、卒(つい)に晋の道を仮る。晋人虢を伐ち、反りて虞を取る。故に春秋之を書し、以て虞公を罪す。今国趙より強きは莫く、而して齊・秦を并(あわ)せ、王賢にして声有る者之に相たり、腹心の疾(やまい)為る所以の者は、趙なり。魏は、趙の虢なり。趙は、魏の虞なり。秦に聴きて魏を攻むる者は、虞の為なり。願わくは王の之を熟計せんことを」と。
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『韓非子』老第二十一脣亡ぶれば齒寒し。虞・虢の相救ふは、相德とするに非ざるなり。
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呂氏春秋・愼小③衛の獻公、孫林父・甯殖に食を戒む。鴻、囿に集まる。虞人以て告ぐ。公囿に如きて鴻を射る。二子君を待ちて、日晏るるも、公來たり至らず。來たり皮冠を釋かずして二子を見る。二子說ばず。獻公を逐いて、公子黚を立つ。衛の莊公立ち、石圃を逐わんと欲す。臺に登りて以て望み、戎の州を見て之を問いて曰く、「是れ何為る者ぞ。」侍者曰く、「戎の州なり。」莊公曰く、「我は姬姓なり。戎人安くんぞ敢て國に居らん。」之が宅を奪い、其の州を殘わしむ。晉人適々衛を攻む。戎の州の人、因りて石圃と與に莊公を殺し、公子起を立つ。此れ小物審まざればなり。人の情は山に蹙かずして、垤に蹙く。
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説苑・權謀晉の文公衛を伐ち、郭に入り、士を坐せしめて食せしめて曰く、「今日必ず大垣を得ん」と。公子慮俛して之を笑ふ。文公曰く、「奚を笑ふ」と。對へて曰く、「臣の妻歸るに、臣之を送り、反りて桑者の之を助くるを見る。臣の妻を顧みれば則ち亦た之を送る者有り」と。文公懼れ、師を還して歸る。國に至るに、貉人其の地を攻む。
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呂氏春秋・權勳⑤昌國君、五國の兵を将いて以て齊を攻む。齊、觸子をして將として、以て天下の兵を濟上に迎えしむ。齊王、戰わんことを欲して、人をして觸子に赴かしめ、恥めんとして之を訾りて曰く、「戰わずんば、必ず若の類を剗し、若の壟を掘らん。」觸子、之を苦み、齊軍の敗れんことを欲す。是に於て天下の兵と戰い、戰い合いて、金を撃ちて之を卻く。卒北げ、天下の兵之に乘ず。觸子因りて一乘を以て去り、其の所を知るもの莫く、其の聲を聞かず。達子又其の餘卒を帥いて、以て秦周に軍す。以て賞する無し。人をして金を齊王に請わしむ。齊王怒りて曰く、「若殘豎子の類、惡くんぞ能く若に金を給せん。」燕人と戰い、大いに敗れ、達子死し、齊王莒に走る。燕人、北ぐるを逐い國に入り、相與に金を美唐に争うこと甚だ多し。此れ小利を貪りて以て大利を失う者なり。