呂氏春秋 / 必己⑤
君子之自行也,敬人而不必見敬,愛人而不必見愛。敬愛人者,己也;見敬愛者,人也。君子必在己者,不必在人者也,必在己無不遇矣。
書き下し
君子の自ら行うや、人を敬して敬せらるることを必とせず。人を愛して愛せらるることを必とせず。人を敬愛する者は、己なり。敬愛せらるる者は、人なり。君子は己に在る者を必とし、人に在る者を必とせざるなり。己に在るものを必とすれば、遇わざること無し。
現代語訳
君子が自ら行動するときは、人を敬っても敬い返されることを当てにせず、人を愛しても愛し返されることを当てにしない。人を敬い愛するのは自分のことであり、敬われ愛されるのは相手のことである。君子は自分にあることを頼みとし、相手にあることを頼みとしない。自分にあることを頼みとすれば、うまくいかないことはない。
解説
本篇必己の結論として、君子は自分に属することすなわち敬愛する行いを恃み、相手に属することすなわち敬愛されることを当てにしない、と説きます。背景には、外物や他者の反応は制御できないという全篇の主旨があり、制御できる自己の行いにこそ拠るべきだとします。敬愛するのは己、敬愛されるのは人、という切り分けが明快です。現代でも、他者の評価や見返りに一喜一憂せず、自分にできる誠実な行いに専念するという姿勢は、人間関係の悩みを軽くし、主体的に生きる指針として広く通じます。
この章句が説くこと
必己君子自恃敬愛主体性見返り
関連する章句
-
論語・子罕篇子、九夷に居らんと欲す。或るひと曰く、「陋なり、之を如何。」子曰く、「君子之に居らば、何の陋か之れ有らん。」
-
『慎思録』巻之五唯君子のみ能く君子と小人とを知る。小人は君子の心を知ること能はず。反りて猜疑疾悪し、動もすれば妨害を為し、終に枉冤陥殺するに至る者も、亦之れ有り。且つ小人は小人の害を為すを察せず、引き進めて己の助けと為し、終に其の身を亡ぼすに至りて悟らず。至愚にして暁すべからずと謂ふべし。
-
『養生訓』巻第六・択医一医とならば君子医となるべし、小人医となるべからず。君子医は人のためにす。人を救ふに、志専一なるなり。小人医はわが為にす。わが身の利養のみ志し、人をすくふに、志専ならず。医は仁術なり。人を救ふを以て志とすべし。是人のためにする君子医なり。人を救ふに志なくして、只身の利養を以て志とするは、是わがためにする小人医なり。医は病者を救はんための術なれば、病家の貴賤貧富の隔なく、心を尽して病を治すべし。病家よりまねかば、貴賤をわかたず、はやく行くべし、遅々すべからず。人の命は至りておもし、病人をおろそかにすべからず。是医となれる職分をつとむるなり。小人医は、医術流行すれば、我が身にほこりたかぶりて、貧賤なる病家をあなどる。是医の本意を失へり。
-
論語・学而篇子曰く、「君子は食らうに飽くことを求めず、居るに安きを求めず、事に敏にして言に慎み、有道に就いて正す。学を好むと謂う可きのみ。」
-
論語・学而篇子曰く、「君子重からざれば則ち威あらず、学べば則ち固ならず。忠信を主とし、己に如かざる者を友とすること無かれ、過てば則ち改むるに憚ること勿かれ。」
-
『翁問答』下卷之本聖人の才徳天地神明とおなじき故に、神明不測広大周備、言語道断なり、賢人の才徳も大かた聖人の体段そなはりぬれども、神明不測の位にいたらず、英雄は大将の才徳は賢人と同じけれども、余の才と徳とは賢人より一位おとりて英雄のかどあるなり、聖人賢人英雄この三人は、才徳の高下大小ありと雖、いづれも君子なれば治世にも乱世にも天下無双の重宝なる人なり、奸雄は敵を退治する一科の用に立つ事は賢人英雄にもおとらねども、明徳くらく邪欲ふかき故、むほん逆心の疑ひありて、味方のたのみあやうし、さて国治まりて仕置などまかせぬれば国をみだり、乱をおこすものなり、

人生を、一行の式にしてみた。
志×積×時×憤÷(1+執)+命。古典から導いた式『人生の方程式』と、二十四の悩みに古典が答える『人生の教科書』(PDF)、師導の全機能1か月がセットで700円です。
本の中身を見る